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5話 幼馴染の勇者


 出来てしまったダンジョンの対処方が見つからないまま、午前の授業が終わりを告げた。


 チャイムと同時に食堂へと駆け込んだ史記が、日替わりランチ

を手にいつもの席に座った。


 本日のメニューは、手のひらサイズのあいびきハンバーグと大振りのエビフライ5本。

 それに味噌汁と大盛のごはんが付いて税込300円。


 ごはんは御代わり自由のサービス付き。


 少しばかり子供っぽいことを除けば、味、量、値段と、三拍子そろって大満足の昼ご飯だ。


 高校に入って2日の時点で『昼飯は絶対に日替わりだな』と心に誓った史記だったが、おばちゃん達の愛情が籠ったランチを前にしてもその表情はさえない。


「はぁ……、ほんと、……どうするかねぇ」


 本日何度目になるかもわからないため息を吐き出した史記が、箸先でケチャップのかかったハンバーグを割る。


 ふわっと湯気があがり、切り口からジュワっと肉汁があふれ出す絶景が広がるものの、彼の眉間に寄った皺が消えることは無かった。


 その頭の中に敷き詰められているのは、ダンジョンに対する悩みである。


 そんな状況を見かねてか、舞い上がる湯気の向こう側から声が飛んだ。


「なんだよ、んな暗い顔しやがって。史記らしくもない」


 声の主は垣本 勝(かきもと すぐる)


 史記とは保育園からの腐れ縁であり、クラスでの席は隣で、昼飯も一緒に食べる仲だった。


 短く切られた髪が無駄に爽やかで、長身や切れ長の目と相まって『パッと見ただけじゃ』それなりのイケメンに見る。


 身長165センチの中肉中背、耳に少しだけかかるくらいで切られた髪という、なんの特色も無い史記と比較すれば、10人中7人は『勝の方がイケメンだ』という程度の見た目はしていた。


 見た目だけは……。


「ははーん。さては彼女に振られたな。

 よし、お前を振った彼女を俺に紹介してくれ!!」


 残念ながら、中身はこんな感じだった。


 失恋中の女性にアタックする。


 たしかに、悪い手では無いと思うが、その紹介相手が元カレとなれば、その目論見が成功するとは思えない。


 万が一、うまく事が運んだとしても、紹介してくれた友人と険悪になるのは避けられないだろう。

 

 学校でのあだ名は、恋愛勇者。


 中学の入学式当日に3人、卒業までに18人。

 高校の入学式当日にも4人の女性に告白したらしく、最早呆れるどころか尊敬すら覚えるレベルのバカだった。


 無論、クラスメイトの女子からの評価は最低である。


 だが、そんな残念な男であっても、史記にとっては親友だった。


「バーカ。俺に彼女が居ないことくらい知ってんだろ?」 


 保育園の時代から苦楽を共にしてきたのだ。お互いに知らないことは、数えるほどしか無い。


「フハハ、そうかそうか。史記の彼女は、ネットの世界にしか存在しないのか。

 残念だったな、フハハハハ」


「…………いや、アニメのカレンダー学校に持ち込んで『俺の嫁』って宣言してたのはお前だろ?」


 高校に入って2日目の出来事である。彼はそっちの方面でも勇者だった。


「おう、その通り。フェヌメノンちゃんは俺の嫁だぜ!!

 ファンクラブに所属したから、よろしくな」


 中学の時もそれなりだったが、高校入学と同時にアルバイトが可能になったことで、その活動はさらに広がりを見せているようだ。

 彼が稼いだバイトの給料は、フェヌメノンちゃんの制作会社に貢がれるのだろう。


 将来、悪い女に捕まらないことを祈るばかりである。


「それで? 実際のところ何があったんだよ? 朝から暗いぜ?」


 大盛のカレーを頬張りながら、勝が訪ねる。

 それは、冗談染みた間接的なやり取りから『触れて欲しくないレベルでは無い』と判断した結果だった。


 恋愛に関しては勇者でも、親友との付き合いは普通に出来る男なのだ。


「……あぁ、まぁな。

 昨日弁護士(かつじ)さんと会ってさ」


 そんな親友の問いかけに対し、史記が昨日起こった出来事について語りだす……つもりだったのだが、弁護士と聞いて、勝が食い気味に反応した。


「え? なに? お前何かやらかしたの?

 わかった。あれだな!! フェヌちゃんの『ファンクラブ会員100個限定等身大フィギュア~私を抱きしめて~』の抽選会に不正アクセスして、自分が当選するように誘導したんだろ?

 ダメだぜ、あのサイト。かなりのシステム組んでっから。やるならバレねぇようにやんねーと」


 なにやら熱く語りだす勝に対し、史記は呆れたとばかりにハンバーグを口へと運ぶ。 


「バーカ、お前じゃねぇんだ。そんなことやるわけ無いだろ」


 ハンバーグを咀嚼しながら、そんな言葉を口にした史記だったが、自分で言ったその言葉が、ゆっくりとその脳内を埋め尽くしていく。


「…………スグル。お前、やったのか?」 


『この男ならやりかねない』そんな思いで放たれた鋭い視線が勝に向けられ、勝の視線がすーっと横へとずれた。


 おまわりさん、こいつです!!!!


 そう叫びたくなる光景だった。 


 勝が優秀なハッキング技術を持っていることを知っている史記なら尚更である。

 だが、そんなことを思いながらも、史記の口からは、まったく別の言葉が紡がれた。


「それで? 不正アクセスして、実際に出来るようにプログラム組んで、実行ボタンが押せずに30分くらい格闘して、諦めた。そんな感じか?」

 

「…………見てた??」


「バーカ。何年の付き合いだと思ってんだよ」


 自分が不正して当たったら、本来当たるはずだった人が当たらなくなる。そのようなことが頭を過り、実行に移せなくなる。それが勝という男だった。


 たとえそれが見知らぬ誰かであったとしても、その人を思いやることが出来る男なのだ。……恋愛以外なら。


 ちなみに、たとえ実行しなかったとしても、不正にアクセスした時点で犯罪である。


(不正アクセスについては、あとで先生に相談しよう)


 そう心に誓いながら、史記が最後のエビフライを口の中に運ぶ。

 勝の方も、最後のひとくちを胃袋の中へと詰め込んだ。


 手に持ったスプーンを空になった皿の横に置き、『ふぃー』と息を吐き出した勝が、まっすぐな視線を史記へと向ける。


「それで? 困りごとか?

 俺の力でよければ貸すぜ?」


 ふざけた話しは終了とばかりに、それまでの雰囲気を一変させ、スグルが親身な表情を見せた。

 こころなしか、2人を包む空気も、真剣みを帯びているように見える。


「……悪いな。ちょっとばかり、面倒なことになったんだ」


 そして語られるのは、昨日の出来事。


『妹の部屋にダンジョンが出来た』


 その言葉を聞いた勝は、深いため息と共に親友の不幸を受け止め、決して悪くないその頭をフル稼働させるのだった。 


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