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48話 お弁当 time

 

『血行促進草』の採取から20分後。


 行きは良い良い、帰りは怖い、とばかりに『きゅぃー』『きゅぃー』『きゅぃー』と立て続けに3匹のスライムと遭遇した史記達は、たび重なる足止めの結果、行きの4倍ほどの時間をかけて道の上へと帰ってきた。


「ふはぁー、ついたー、しんどー」


「ユキもー、疲れちゃった」


 そんな言葉と共に、兄妹仲良く同じ木に背中を預け合って、道の上に足を投げ出す。


 歩きなれない草の上を進み、謎の草で騒ぎ合って、戦闘までこなした彼等は、完全にガス欠だった。


 木の陰でよそ風に吹かれながら瞳を閉じるその姿からは、『もう一歩もここから動きたくない』といった感情がはっきりと浮かんでいる。


 そんな2人をしり目に、手元の時計で時刻を確認した柚希は、『ちょっと早いけど、お昼にしよっか』と言って、バックの中から『ペール』と『史記お手製のお弁当』を引っ張り出し、2人に習って地面へと腰を下ろした。


 足元に引くシートなんかも持参すればよかったのかもしれないが、たまには地面に直接座って食べる御飯も乙なものだろう。


 ちなみに、柚希の手によって引っ張り出されたペールは、謎の草を確認しに行く前と比べて、1回りほど大きく成長していた。


 結局誰も食べなかった『血行促進草』を含め、帰り道で出会った3匹のスライムを食べた結果だった。


 本日は、柚希と一緒の朝食に、淡路家でのおやつ、そしてダンジョンに入ってからスライム4匹と草1本を完食して居る。


 どう考えても、自分の体積の何倍もの量を腹に収めているはずなのだが、それでもなお『お昼ごはんなーにー?』とばかりに、柚希の足へとすり寄っている姿を見るかぎり、ペールの食欲は不滅のようだ。


 そんなペールに促されるようにお弁当の蓋をパカッと開いた柚希は、色鮮やかな食材達に息をのむ。


「わっ、おいしそう。さすが史記君」


 そう簡単に感想を口にしながら、ペールにも見えるようにお弁当箱を傾ける。


「ペールちゃん、卵焼き食べる?」


「きゅっ」


 なんといえない長閑な光景が広がっていた。


 本日の昼食は、鰹節と海苔が敷かれたご飯に、蒸し鶏のサラダと豚肉の野菜炒め、チキン南蛮にたこさんウインナー、そして端の方には甘めに味付けした出し巻き卵が添えられている。

 デザート用に持参した重箱の中には、おはぎも待ち構えていた。


 そんな史記の愛情がたっぷり詰まったお弁当を片手に『いただきまーす』と幸せそうな顔をした美雪は、だし巻き卵を箸先で摘みあげて、柚希の方へと体をずらす。


「ゆずちゃん。おかず交換しよー。

 はい、あ~ん」


 そんな突然の美雪の申し出にも戸惑う事無く、口を開いて『あーん』とだし巻き卵を口の中へと迎え入れた柚希は、数回の咀嚼の後で美味しそうに頷きながらも、どこか陰りを隠した表情を浮かべる。


「うん。やっぱり史記くんって、良いお嫁さんになるよね。

 私じゃ絶対に勝てないかな」


 乙女としては複雑なようだ。


 褒め言葉でもあり愚痴でもある、そんな言葉を呟きながら、『……およめさん。……無理だから、ウエディングドレスとか無理だから』と親友の姉に怯える史記をチラリと流し見た柚希は、『……地雷ふんじゃったかな』と小さく苦笑いを浮かべた後で、自分の弁当箱の中へと視線を落とした。


「美雪ちゃん、たこさんをお返しするね。あーんして」


「うんっ。あ~ん。……んふぅ~。おいひ~。

 お兄ちゃん、美味しいよ」


「あー、あぁ。そりゃ良かった」


 今日も幸せそうな笑顔を見せる妹に対して、脳内を埋め尽くす嫌な予感を頭の片隅へと追いやった史記は、『作った甲斐があった』とばかりに嬉しそうな表情を浮かべた。


 ちなみに、全員同じお弁当で、同じおかずである。おかず交換に意味は……まぁ、なにかあるのだろう。


 そうして爽やかな風に吹かれながら、新緑の香りと共に、手の込んだお弁当を楽しむ史記達だったが、不意に『きゅぃー』と言う声があたりを支配する。


「史記」


「敵だよな?

 ご飯くらいゆっくり食べさせてくれないものかねぇ」


「香りに釣られたのだろう」


「……なるほど」


 モンスターの嗅覚の有無は定かではないが、たしかにその可能性はある。


『やれやれ』と言った様子でゆっくりと立ち上がった史記は、鋼鉄と共に、不自然に揺れる草の方へと目を向けた。


 ――そんな矢先、史記の目の前に、ぷるぷるの生物が躍り出る。


「ん? ペール?

 どうした?」


 敵への進路を突然遮られた史記は、ペールへとその意味を尋ねたものの、『きゅぃ!』といつもより力強く鳴くだけで、その真意は計り知れない。


 そんな史記の疑問に答えたのは、鋼鉄だった。 


「やる気のようだな」


 どうやら、『ここは俺に任せな。人間達はゆっくりご飯を食べてると良いぜ』とでも言っているらしい。


 たしかに、史記と敵との間で、自分の姿を主張するように飛び跳ねているその姿は、戦いに赴くものの背中にも似た雰囲気を醸し出している。

 なんとも男らしいスライムである。


「ペールちゃん、出来る?」


 そう問いかけた柚希に答えるように「きゅ!」と鳴いてみせたペールは、敵を威嚇するように草の上をはねる。

 どうやら、やる気満々のようだ。


 産まれてからまだ数日なのだが、その体は産まれた時の2倍以上に成長している。そして、いつの間にか心の方も成長していたようだ。


 いつまでも柚希の胸の中で怯えていたころのペールでは無いのだ。


「うーん。出来るって言うなら止めないけど……」


 そんなペールの行動に、少しばかりの不安を覚えた柚希だったが、その横から美雪がエールを送る。


「うんうん。頑張るんだよペールちゃん。ユキも応援するからね」


 どこか納得したような表情を浮かべた美雪は、『女は度胸』とばかりに、立ち上がりかけていた腰をその場へとおろした。


 そして、『がんばれー』などと、緊張を感じさせない声をペールへと投げかける。


「……うん、まぁ、大丈夫なのかな」


 柚希は柚希で、少しばかり心配そうな表情を浮かべているものの、ペールを止めるような気配は感じない。


 どうやら、女性2人はペールにこの場を任せることにしたようだ。


『危なくなったらすぐに助けよう』そう決意する史記の前で、『肌色のスライム』対『緑色のスライム』の命をかけた戦いが幕を開けた。


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