47話 草を採取しました。
美雪が指示した場所には、周囲のものとは明らかに違った草が、1本だけ生えていた。
大きさは、見慣れた草の3倍程度。史記の膝くらいまではありそうなサイズの草が、地面から天に向かって、真っすぐに伸びている。
その草だけが異様に飛び出ており、明らかに異質だった。
例えるなら、田植え直後の田んぼの中に、一本だけひまわりが咲き誇っている、そのくらいの雰囲気だ。
遠目のため詳細まではわからないが、葉はギザギザしているようで、史記が持つ知識に当てはめれば、ヨモギが一番近いように見えるものの、一度も見たことは無かった。
おそらくは、地上で目にする植物では無いのだろう。
「それで? 鑑定さんはなんて言ってんだ?」
わからないのなら、わかる人に聞けばよい。そんな思いで美雪へと声をかけた史記だったが、美雪の反応は芳しくない。
「ん~、えっとね。
距離が遠いから、草だってことしかわかんないって」
「へ? そうなのか?」
「うん。『遠距離により詳細不可』だって」
どうやら効果範囲外だったようだ。
そんな美雪の言葉に『いや、草だってのは誰だってわかるよ』と思った史記だったが、うかつなことは喋らないとばかりに、その口をギュッと結ぶ。
触らぬ妹に祟り無しである。
そんな態度を決め込んだ史記に対し、鋭い視線を向けた美雪は、すこしだけムッとした表情を浮かべると、ふくーっと両頬を膨らませた。
「……むぅ~。お兄ちゃんってば、今、鑑定さんのことバカにしたでしょ?」
「うぇ!?」
どうやら、表情に出てしまっていたらしい。
明らかに狼狽した史記は、『いやいやいや、してないしてない』と否定の言葉を繰り返し、必死な様子で両手を横に振り、鑑定さんのフォローへと回る。
「いや、あれだ。えーっと、そう。
それって近づけば詳細がわかるってことだろ?」
「……う~ん。たぶん」
少しだけ考えるような素振りをしながら顔を曇らせた美雪に対し『ならいいじゃんか。それに、鑑定さんは優秀だって知ってるよ』と言って美雪の頭を撫でた史記は、優しく微笑んだ後で、柚希の方へと振り向く。
肝心の美雪はと言うと『なでなでくらいじゃ騙されないもん』とばかりに、未だ納得して無さそうな表情を浮かべているが、極力視界に入れないことにした。
『そういうことらしいよ? どうする?』と言って、史記が柚希に意見を求める。
「う~ん。そうだね。
あそこまでなら、迷うこともないと思うし、行ってみよっか」
「了解。もともと、何があるか知りたくてここまで来てるんだしな」
そういうことになった。
一応美雪も『むぅ……、まぁ、いっか』と渋々納得してくれたようだ。
ここまで来た列のまま順番は変えずに、4人が一塊となって木々の合間を抜ける。
足元が、踏み固められた土からくるぶしほどの草に変わった影響で、若干の歩き難さを感じたものの、それ以外に史記達の進行を阻むものは無い。
スライムが飛び出してくることも無ければ、突然の攻撃を受けることも無かった。
ゆっくりながらも『謎の草』に向かって着実に進む。そして、先頭に立つ鋼鉄が最後の大木を抜けようとしたところで、美雪の眼鏡が、その効力を発揮した。
「あっ、見れるようになったよ。
え~っと、『血行促進草』。食用で、血行を良くする効果があるんだって」
「……血行促進?」
「うん。肩こり、腰痛、冷え性などなど。
血流が滞りがちなアナタにおすすめの一品!! なんだってー」
「あっ、うん。そうですか」
ただ、血の巡りを良くするだけ。
奇妙な森で出会った割には、ファンタジーの欠片も感じない効能だった。
血行を促進するとは言っても、その効能は生姜と同じくらいの物であり、ダンジョンでとれた物は、特殊な装置や特殊な条件下で保存しない限り、24時間で消滅するため、保存性も良くない。
わざわざ『血行促進草』を食べなくても、薬局で売られている塗り薬や貼り薬で十分であり、長期の保存を考えれば、市販薬の方が優れていたりする。
おそらく、この草が一般家庭に普及する日は来ないだろう。
そんな残念な草をただ、ぼーっと眺めていた史記は『お兄ちゃん、出番だよ』という声を耳にし、美雪の方へと振り向いた。
「ん?
……あぁ」
一瞬だけ何を言われたかわからず呆けた史記だったが、美雪の言葉を理解すると、ポケットから赤いバタフライナイフを取り出した。
どうやらお嬢様は採取を御所望らしい。
ペールと鋼鉄に周囲の警戒を任せ、『血行促進草』へと近寄った史記は、しゃがみこんで、その草へと手を伸ばす。
葉をめくり上げるように左手でがっちりと掴んだ史記は、根本に近い茎にナイフを這わせた。そして、ひとおもいに刈り取ると、抵抗らしいものも感じないまま、『血行促進草』がその手の中に収まる。
「……普通に採取出来たな」
何かしらのハプニングも警戒していたのだが、ある意味拍子抜けだった。
とりあえずとばかりに、採れたばかりの『血行促進草』に鼻を近づけ、恐る恐る匂いを嗅いだものの、それらしい香りは感じない。
「……みゆきー。これ、食べれるんだよな?」
「うん。食用なんだって」
「あいよ」
必要最低限の情報を聞き取った史記は、『大丈夫だ。妹を信じろ』と自分に言い聞かせて『血行促進草』の端の方に口をつける。
そして、歯に触れた瞬間、緑茶にも似た爽やかな香りが鼻を抜け、淡い苦みがその舌を刺激した。
抹茶より軽く緑茶より苦い、そんな味わいだった。
「……これ、たぶん、香辛料とか茶葉とか、そんな使い方なんじゃないか?
けっこう苦いから、あんまり……」
美雪達の方に苦虫を噛み潰したような表情を見せた史記が、そう感想を述べた。
どうやら、史記の口には合わなかったらしい。なんにせよ、生で食べる物ではなさそうだ。
『とりあえずこれ、どうするかなぁ?』と、目的物だった草を手に、3人へと視線を配る。『要らない物だけど、捨てるのはしのびないよな』といった感じだったのだが、その視線を勘違いした美雪が、史記のもとへと駆け寄った。
「ユキも食べる!!」
そう宣言し、満開の笑顔を史記へと向ける。
「……いや、俺の話聞いてたか? 苦いぞ?」
「食べるのー!!」
とりあえず食べてみたいらしい。
「……あいよ」
『血行促進草』が美雪の手へと渡り、嬉しそうな顔をした美雪が、大きな口を開けて、葉っぱ4枚分を躊躇なく口の中へと放り込んだ。
「…………ぷぺっ」
そして、躊躇なく吐き出した。
「にがい……」
『いや、だから、そういったよな?』という思いを抱きながらも、苦笑いを浮かべた史記が、カバンから水筒を取り出した。
「ほら、くちゆすいどけ」
「……あい」
どうやら、美雪の口にもあわなかったらしい。
ジャンル別で2位!!
総合でも23位!!
ありがとうございます。
(2016/12/07)