46話 いざ、森の中へ
草原から続く道をログハウスと逆の方向に進んだ史記達は、30分ほどで森の入口へと到着した。
そこにあったのは、一直線に並んだ大木達。
腕が回らないほどの大木が、地続きの草原から忽然と突き出ていた。
森を構成する木々は、一種類しか無いらしく、同じ木が永遠と続いている。
大木と呼べるほどの木が、森のほとんどを占めているものの、それぞれが適度な間合いでもって生えており、枝の隙間からは日の光が差し込んでいた。
鬱蒼と言う言葉が似合わないくらい、爽やかな雰囲気の森である。
そんな森を眺めながら、不安そうにペールの頭を軽く撫でた柚希は、自分達が辿ってきた道の行く先を視線で追いかけて、今後の行動を思案する。
「えぇーっと、道は続いてるから先には進めそう、よね?」
呟きと言うには大き過ぎる柚希の声。
その声を史記が拾い上げ、その悩める背中をそっと押し出した。
「うん、まぁ、道から外れなければ、迷うことは無さそうに見えるな。
俺は入ってみてもいいと思うぞ?」
なるべく軽く聞こえるように意識された声が、柚希の耳へと届いた。
踏み固められただけの細い道は、蛇行することもなく、ただまっすぐに森の奥へと続いている。
たしかにこれなら、帰り道がわからなくなる心配も無いだろう。
差し込む光のおかげで、見通せる範囲は広く、万が一道から外れてしまったとしても、ちょっとくらいの距離なら迷うことなく戻ってこれそうな雰囲気すら感じる。
もしこれが、童話に出てくる魔女の森のような雰囲気であれば、史記も躊躇いを覚えたのだろうが、幸いと言うべきか、目の前に広がる森に恐怖と言う言葉は似合わなかった。
ゆえに『とりあえず、入ってみたらいいんじゃないか?』といった感じだった。
そんな史記の後押しに続いて、さらなる追い風が鋼鉄によって放たれる。
「正面は受け持つ。
後ろや上は、ペール頼みだ」
高い信頼が込められたその言葉。どうやら鋼鉄は、先のスライム戦でみせたペールの索敵能力を高く買ったようだ。
たしかに、ペールが居れば木々の陰に隠れた奇襲の心配も減るだろう。
奇襲さえなくなれば、森での戦闘も草原での戦闘も、その危険度に大差は無い。
たしかに森の中の方が、木々が邪魔で動き難くはあるが、それは敵も同じことである。
ゆえに『森に入っても問題ない』そういうことのようだ。
そんな男2人の後押しを受けたリーダー柚希は『う~ん、そうだね。そうしよっか』と微笑んでから、腰につけたボディバックの中へと視線を送る。
「ペールちゃんもそれでいい?」
「きゅ」
「ん、ありがとね」
幸せそうに白い歯を見せた柚希が、指先をペールのボディに這わせ、ゆっくりと撫でる。
ただ呼ばれたから鳴いただけにも見えるが、とりあえずは『賛同してくれた』ということにするようだ。
まぁ、ペールは柚希の使い魔なので、柚希の決定なら嫌は無いだろう。
これで憂いは無くなったとばかりに、ほっとした表情を見せた柚希が、最後の一人である美雪へと視線を送る。
「美雪ちゃんは私と一緒に居て、敵の姿とか、怪しい物とか、そんなのが無いか見てくれる?」
そう命じるリーダーの言葉に、美雪はにっこりと頷いた。
「うん。鑑定士ユキにお任せあれだよ」
『どんどん鑑定しちゃうんだから』と宣言して見せた美雪は、右手の中指を眼鏡のブリッジに這わせ、クイッと持ち上げてから、自信に満ちた表情を浮かべる。
律姉に『眼鏡はずっとしてたらいいとお姉さんは思うな』と言われてから、寝るとき以外はずっとこの眼鏡を装着していたため、扱いが各段に上手くなった美雪である。
そんな妹系ドヤ顔眼鏡美少女に対して、少しだけ不安そうな表情を見せた柚希が『……うん。それじゃ、行こっか』と左手を差し出し、そっと手をつないぐ。
『うん、れっつごー』と言って、美雪がギュッと手を握り返した。
おそらくは、美雪が勝手に森の中へと走っていかないための策なのだろう。
可愛い生き物を見つけた美雪が、いつの間にか森の中へ走り出していた、などと言う事態は、絶対に回避すべきなのだ。
見知らぬ森の中で美雪を野放しにするなど、危険以外の何物でもない。
そんな女子達を守るように、鉄パイプを正面で構えた史記が彼女達の前へと立ち、さらにその前で鋼鉄が盾を構えた。
そして、全員がなるべくお互いをフォローできるように密集しつつ、森の中へと歩き始めた。
外から見ている分には、明るく見えた森だが、内部に入ってしまえば、さすがに明るいとまでは言えなかった。
草原と森との境目を一歩でも超えれば、左右は空へとまっすぐに伸びた木々に囲まれ、上は張り巡らされた枝によって、視界を阻まれる。
道の脇に聳え立つ木々は、相変わらず一定の間隔を保って生えており、どこか式典に参加した軍隊を思わせる光景だった。
そんな木々のアーチを慎重な足取りで進む中、周囲をきょろきょろと見渡していた美雪が『お兄ちゃん、なんかここ、不思議……』と小さくこぼす。
整然と並ぶ木や、大木なのにコケすら生えていない幹や根。それに構成する木が大木のみの1種類だということも、無論不思議なのだが、それ以上に美雪を不思議がらせていたのは、森から聞こえてくる音だった。
それはなにも、怪しい音がするとか、少女の笑い声がするとか、ドラゴンの鳴き声がするとか、そんな話ではない。
この森は、静かすぎるのだ。
森の中へと足を踏み入れても、周囲からは小鳥のさえずりや小動物などの声は聞こえず、森に暮らすもの達の活動を一切感じない。
ただ風に揺れる木の葉の音だけが、史記達の鼓膜を揺らしていた。
ここには自分達と木しか無いのではないか。『絶対に日本の森じゃない』そう思わせるほど、静かな森だった。
どれだけ進もうともそれは変わらない。
木々たちの足元には、草原で見た背の低い草だけが生えているだけであり、草と大木以外には何もない。
一種類の大木だけが永遠と連なっていた。
そんな代わり映えのしない森を歩くこと20分。
次第に緊張感が薄れていく中、『んゅ?』と言って不意に歩みを止めた美雪が、腕を水平に上げて、森の中を指さす。
「……お兄ちゃん。あそこに何かあるよ?」
そんな美雪の発言に、全員の足が止まった。