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45話 『漢』の戦闘

 それから数分後。


 不意に聞こえた『きゅぃー』という謎の鳴き声に、地面に肘を叩きつけるようにして跳ね起きた史記は、その声の出所を探るために、周囲へと視線を向けた。


 綺麗に木々が並ぶ森から草原へ、そして小さな雲が散りばめられた青空へと流れた後に、柚希の腰に巻かれたボディバックの中へと視線が行き着いた。


『この前みたいなのはちょっと困るかな……』という理由で、柚希の腰にぶら下がっているそのバックからは、にゅるんとペールが顔をのぞかせていた。


 どうやらさっきの鳴き声の主はペールだったようで、その身からは、どことなく緊張した雰囲気を感じる。


 そんなペールの姿を確認した史記は視線を柚希のたわわに実った胸に向け『今回はサービス無しか……』と一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべたものの、そんな邪念を追い払うようにして首を横にふる。


 たしかに残念ではあるが、今はそれどころではない。


「敵か? ……ってか、ペールって鳴けたのか?」


「あっ、言ってなかったよね。

 最近、鳴いて答えてくれるようになったの」


 そう言って、緊張を隠しきれない表情をしながらも微笑んで見せた柚希に対し、その声に答えるかのように、彼女の腰当たりから『きゅ』と可愛らしい鳴き声が飛んだ。


 産まれた時点では、ニワトリの卵サイズだったペールだが、いまではお茶碗くらいのサイズにまで成長している。

 そしていつのまにか、鳴き声を出せるまでに成長していたようだ。


 そんなペールの返答に反応して『ふゅぇ!! ユキもおしゃべりしたい!!』と口にしながら柚希のもとへと走り去っていく妹の姿をしり目に、草の上に転がっていた愛用の武器を拾い上げた史記は、居るであろう敵を探るために、周囲へと視線を送る。


 あの時のように、変に動いている草は無いか、何者かが動く音はしていないか、空に敵影はないか、などなど、考え付く限りの方法で索敵を行ってみたものの、史記の視界に移り込む範囲には、怪しい物など無かった。


『まさか地面から!?』などと思ったものの、足元にも怪しい雰囲気は感じない。


 そうして史記が必死に索敵を行っていると、不意に鋼鉄から声が飛んだ。


「史記。索敵の前に構えるべきだ」


 一瞬だけ、何を言われたかわからず、その場で硬直した史記だったが、鋼鉄の要請を素直に飲み込み、片手で掴んでいた鉄パイプを両手で持ち直して、正面で構えて見せた。


「……たしかにそうだな。わるい」


 淡路史記、相変わらず危機感の薄い男である。


 だが、それも仕方ない。平和な日本で、のんびりと学生生活をしていた彼に、とっさの判断を求めても仕方ないだろう。


 小学校でも中学校でも『敵の気配がしたら、なにをおいても武器を手にしましょう』などと言った授業など行われていない。


 そんな平和ボケしている史記を守るように、史記のもとへと駆け寄って来た鋼鉄は、緊張感を纏いながら史記の隣へと並んだ。

 そして、お互いに背中を預ける形で、索敵を再開する。


 長年親友をやってきた2人だけあって、そこに意思の確認などはない。阿吽の呼吸で、互いの死角を消し合っていた。


 そんな男達2人に対し、美雪にボディバックを取られそうになっている柚希の声が飛ぶ。


「ちょっとまって美雪ちゃん。戦闘が先だから、ね。ペールちゃんを撫でるのは――っ!! あそこ!! えっーと、史記君から見て11時の方角にスライム!!」


 柚希が草むらの一角を指さす。

 

 そして、史記と鋼鉄がそちらの方へ視線を動かしたのを確認してから、続きの言葉を紡いだ。


「敵は1体だけだから、鋼鉄くんが先頭で攻撃を防いで、史記くんがその隙をついて攻撃!!

 周囲は私が見張るから、2人は目の前の敵だけに集中して!!


 で、いいと思うんだけど……」 


 頼れるリーダーっぽい雰囲気を演出して、少しだけ背伸びをしたような柚希の声に、男達2人が互いを見て頷き合う。


「了解です。リーダー殿」

「把握した」


 明らかにからかうような雰囲気の返答をした史記。

 しっかりとした口調で答える鋼鉄。


 正反対の空気を醸し出す2人だが、柚希を気遣う気持ちと、リーダーの決定に従う気持ちに、ズレは無かった。


『動けるのか?』


『もちろん。妹からミラクルな水を貰ったからな。すこぶる快調だよ』


『……そうか』


 柚希に聞こえないよう小声での確認を終え、鋼鉄が真っすぐにスライムのもとへと走り出す。


 そんな鋼鉄の後ろ姿を確認した史記は、『うっし、美雪に貰った兄妹愛の力でがんばりますか』と自分に喝を入れ、その背中を追った。


 美雪が史記へと差し出した水は、淡路家の普通の水であり、決してミラクルなものでは無い。

 だが、史記の顔に精気が戻ったのも事実である。


 大きな盾を持つ影響で、鋼鉄の走るスピードが落ちていることによる部分も大きいが、さっきまでのヘトヘト具合は嘘のように、鋼鉄に遅れることなく駆け抜ける。

 そして、スライムを目前にして立ち止まった鋼鉄から少しだけ下がった地点にその身を落ち着けた。


 鉄パイプを正面に構え、いつでも動きだせるように体勢を整えつつ、史記の目がスライムの隙を伺う。


「「…………」」


 張り詰めた緊張感と共に、鋼鉄がじりじりとスライムとの距離を詰めていく。


 そんな鋼鉄に対して、地面に沈み込むような体制をとっていたスライムは、何の前触れもなく、一瞬にして飛び上がった。


 そして、『ガチン』という音と共にスライムの体が大盾にぶつかり、鋼鉄の顔に驚きの表情が広がる。


 だがそれも一瞬の事。


『ふんっ!!』と言う気合の声と共に、すべてを飲み込んでみせた鋼鉄は、正面で受けていた盾を少しだけ傾け、勢いを無くしたスライムを自分の右側……史記の正面へと落とした。


 そんな鋼鉄の行動に促されるようにして『はっ!!』という気合の声と共に、大きく一歩を踏み出した史記は、スライムが地面へと落ちると同時に、渾身の力で鉄パイプを叩きつけた。


 プルンとした弾力が鉄パイプを通じて史記の腕に伝わり、木の枝を叩きつけた時よりも深く、スライムが陥没する。


 あの時と同じように、べたーっとその場で溶けるように沈み込んでいった。


 木の枝でさえ一撃で倒せたスライムである。得物が鉄パイプに変わった史記の敵ではなかった。


「なんとか倒せたな。さすが鋼鉄って感じの動きだったよ」


 そういって構えを崩した史記が、鋼鉄に向けて笑顔を見せる。


 だが、そんな史記とは正反対に、鋼鉄は渋い表情をしていた。


「骨格が違いすぎる。動きが読めん」


 どうやら敵の攻撃を予測できなかったことを悔やんでいるようだ。


 武術経験者は、目線の動きや予備動作、筋肉の動きなどを見て、相手の攻撃を予測する経験を積んでいる。

 その経験から、スライムの動きから攻撃を予測しようとした鋼鉄だったが、骨どころか筋肉があるかも怪しい生物には、武術の心得は通じなかったようだ。


 そしてそのせいで若干の戸惑いが生まれ、行動が一瞬だけ遅れたらしい。それが悔しくて仕方ないとのこと。


 どうやら、史記にとっては無縁の世界での悩みのようだ。


「んー、けどまぁ、受け止めれたんだし、大丈夫なんだろ?」


「……あぁ、次からは修正する」


「了解。そんじゃ、休憩して、解体して、ダンジョンを見て回りますかー」


 そう言って、史記が大の字で草むらに倒れ込んだ。どうやら、兄妹愛の力とやらが切れたらしい。

 

 もともと休憩する予定だったところに、突如発生した戦闘である。動けただけでも御の字だろう。


 こうして『漢』の初戦闘が終了した。


「ペールちゃん」


「きゅ」


「ペールちゃん」


「きゅきゅ」


 ペールの可愛さにとりつかれた少女が、一度も視線を向けないままに……。


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