44話 妹は天使
4人がダンジョンへとその足を踏み出してから、30分が経過したころ。
彼等はまだ、清々しい草原に突き刺さる階段の側に居た。
下りて来た階段の側から、ほとんど動いていなかった。
だがそれは、ずっと草むらで寝転がってだらけていた訳ではない。
その証拠に、澄み渡る草原には、カンカンカンと、金属同士がぶつかり合う音が響き渡っていた。
音の発信源は、史記と鋼鉄の男2人である。
全身を覆うほどの大きな盾を構えた鋼鉄に向けて、史記が両手で握った鉄パイプを必死に振るっているのだ。
「っ!!!」
「……悪くない。始めよりは体の軸がずれなくなった」
史記が繰り出す気合の乗った一撃をきっちりと受け止めた鋼鉄が、その攻撃を冷静に評価し、ダメな点を洗い出して修正する。
そんな作業を30分も続けていたのだ。
武術経験が無い史記のことだけを思えば、まずは素振りから……いや、引きこもりがちで体力が少ないところから改善するために、最初はランニングからスタートするべきなのかもしれないが、今回は史記のためだけではなく、鋼鉄がその手に持った大盾に慣れるための特訓でもあるので、このような形になっていた。
実戦形式というには、史記の攻撃が単調すぎるものの、一応は全身全霊を込めた一撃なので『テスト勉強で鈍っているカンをとりもどす』そのくらいの意味合いにはなっていた。
ただし、全力での攻撃をし続けた史記の体は、『ぜーはーぜーはー』と荒い呼吸を繰り返すようになっており、見るからに限界だった。
ダンジョンへの突入から30分。
それらしい調査を開始する前から疲れ果ててしまったようだ。
そんな史記の様子を大盾の向こうから感じ取った鋼鉄は『……これ以上は無意味だな』と小さく呟き、どっしりとした構えを解いて『はぁ、はぁ、はぁ』と肩で息をする史記へと声をかける。
「休憩だ」
そんな鋼鉄の提案に、返答することすらままならない史記は、徐に鉄パイプをその場に置き、青々と生える草むらの上へと大の字でひっくり返った。
「はぁ、はぁ、はぁ、っ、はぁ」
どうやら本当に限界のようだ。
そんな疲労困憊の史記のもとに、美雪がトコトコと駆け寄り、寝転がる兄と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
そして『お兄ちゃん、おつかれさ~ま。かっこよかったよ』と言って微笑んだかと思うと、水の入ったコップを差した。
美雪のその姿はさながら、救いを与える天使と言った様子で……いや、史記にしてみれば、本物の天使であったに違いない。
そんな美雪に遅れるようにして史記の側へと近づいてきた柚希は、妹に対して最愛の眼差しを向ける史記をチラリと流し見て『はぁ……、まぁ、史記くんだもんね』と小さくこぼした後で、打ち合いを演じていたもう1人の方へと視線を移した。
そこには『盾の心得はないんだがな』とぼやく『漢』の姿があり、その手元には、先ほどのトレーニング中と比べてかなり小さく……トートバック程度の大きさになってしまった盾の姿があった。
伸縮の大盾
鋼鉄のために用意されていた宝箱の中に入っていた装備は、そんな名前の盾だった。
どうやら正しい姿勢で構えた場合は、先のトレーニング中のように、鋼鉄のその大きな体をすっぽりと覆えるほどの大きさになるものの、構え方によっては、今のように片手で扱えるくらいの盾になるらしい。
そして、その手から完全に離れてしまえば、ちょっと大きいスマホくらいのサイズになるとのこと。
重さは、見た目同様に変化するようで、一度史記が借り受けて構えてみたが、急に重たくなったことに対応できず、前のめりに倒れ込んでしまった。
どうやらこのメンバーの中では、鋼鉄だけが扱える装備のようだ。
そんな盾をギュッと両手で握りって大きくしたり、片手に持ち替えて小さくしてみたりと、その感触をより一層体に馴染ませるように振るっていた鋼鉄が、その動きを止めないまま、自分の方へと視線を向けた柚希へと声を飛ばす。
「指揮官。いけそうか?」
突然のその言葉に、自信の無さそうな表情を浮かべた柚希が、視線を空へと向ける。
「あー、うん。正直なところ、自信ないかなー、なんて……」
そう言って恥ずかしそうに笑った柚希に対し、スマホサイズにまで縮小した盾をポケットにねじ込んだ鋼鉄は、幸せそうな顔で水を飲む史記の姿を視界に入れないよう注意しながら、柚希へと向き直った。
「手助けはする。完璧は不可能だ」
「んー、そっか。ありがとね。鋼鉄くん」
そう言って『ん~』と背伸びをした柚希は、『私がするしかないもんね。がんばらなきゃ』と決意の言葉を口にしながら、小さくはにかんだ。
突入してからの30分。男2人がトレーニングに励んでいたその時間で、女性2人は、戦略やフォーメーションなどについて話し合っていた。
集団で物事を進めるためには、意思の統一が必要不可欠であり、それが戦闘ともなれば、その重要性は一段上がる。
特に、複数の敵が出現した場合などは、全体の動向を把握している人間が居るか居ないかで、その危険度は大きく異なってくる。
ゆえに、戦闘全体を見通して指示を出す人間、つまりはリーダーを決める必要性があると鋼鉄が主張したのだった。
はじめは『武道経験者だし、鋼鉄でいいじゃないか?』などと言った話もあったのだが『前衛では戦況の把握が不可能だ』と反論したことにより『じゃ、柚希ってことで』ということになった。
一応、美雪も武器を持たないため『後ろに居る』という意味では、彼女にリーダーを任せても良かったのだが、『お兄ちゃん、そこでドカーンとやっちゃって、で、鉄君が盾でえいってやって、それでそれで……』と言った感じだったので、全員一致で却下となっていた。
柚希の言葉通り、このメンバーでリーダーが務まりそうなのは、柚希しか居ないのだ。
日間ローファンタジー・10位!!
(2016/12/01)
じわじわきてます。ありがとうございます。