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43話 『漢』の参加 

 そして迎えた約束の土曜日。


 太陽が地平線から姿を見せ始め、人々が活動を開始した音が窓の隙間から漏れ聞こえてくる淡路家の台所で、史記が鼻歌交じりにフライパンを振っていた。


 本日はダンジョン内を色々と見て回る予定になっているため、昼食のために返ってくるのが面倒だからと、お弁当を持ってダンジョンに潜るつもりのようだ。


(お弁当はなるべくカラフルに、見た目にも気を遣う。汁がこぼれる物は絶対に入れない)


 そんな信条のもと、せっせとウインナーに隠し包丁を入れていた史記の耳に、ピンポーン、と来客を伝える電子音が届いた。


 壁に掛けられた時計は、早くも集合時間の10分前を示していた。

 十中八九、来客は柚希か鋼鉄のどちらかだろう。


『どっちか知らないけど、10分前行動とか、さすが優等生』


 などと思いながら、良い感じに火が回ったフライパンに溶き卵を流し入れた史記は、菜箸を使って器用にひっくり返しながら、意識だけをリビングで漫画に釘付けになっているであろう美雪に向けた。


「みゆきー。わるいんだけど、出てくれるかー?」


 そんな兄の言葉を耳にした美雪は、読みかけていた本から視線を外し『ふぇ? ……んゅ? ふぇ~?』と目を白黒させた後に、コテンと首を傾げた。


 どうやら漫画に熱中し過ぎて、状況が理解できないらしい。


「柚希か鋼鉄のどっちかが来たんだろ?」


「…………おぉぉ~」


 ゆっくりと時間をかけて漫画の世界から現実へと帰ってきた美雪が、ぽん、とその手を叩き『そっか、高価な花瓶を割っちゃって、男装ホストになって借金を返済しなくても良いんだ』と小さく呟きながら、料理中の兄へと視線を送る。


「ドア開けて来たらいいの~?」


「あぁ、頼めるか?」


「あーい」


 史記の要請に対して、なんとも気の抜けた返事を返した美雪が、ゆっくりとした足取りで玄関へと赴き、見取り窓から外の様子をうかがう。


 そこに居たのは、真面目そうな美少女と体格の良い男子。


 どうやら2人揃って来たようだ。


「うぇるかむ~。ゆずちゃん、鋼ちゃん」


 そんな言葉と共に美雪が玄関のドアを開いた。


 朝の清々しい日差しが淡路家へと差し込み、美雪の全身を照らす。


『みゅぁ、眩しい!! 溶けちゃう』などと意味の分からないことを口走るひきこもり少女に対し、2人が清々しい笑顔を浮かべた。


「おはよう、美雪ちゃん。はい、これ。お土産」


「少々早くてすまない。俺からも土産だ」


 そんな言葉と共に、2人が小さな菓子箱を差し出した。

 

 柚希も鋼鉄も、この家の主たる美雪のために、お菓子を持参してくれたようだ。


 パッケージに書かれた文字から判断するに、柚希の方はさくら餡をつかった羊羹で、鋼鉄の方は桜餅のようだ。

 2人とも高校生にしては、なかなか渋い選択なのだが、元凶は美雪の好みだった。


 ケーキやチョコレートなども嫌いではないのだが、どちらかと言えば、和菓子の方が好きなのだ。

 その可愛らしい見た目や言動に反して、お菓子の好みはおばあちゃん染みていた。


 ちなみに、シスコンの兄に言わせると『そこがまた可愛いだろ!?』とのこと。 


 なにはともあれ、自分好みのお土産を差し出された美雪は、その嬉々とした表情を隠すことなく、満開の笑顔でお土産を回収する。


「ふわぁ~。ありがと。ゆずちゃん、鋼ちゃん。

 あとでみんなで食べよ」


 2人から貰ったお見上げを抱きしめるように抱え、頬擦りでも始めそうなほど幸せそうな表情を浮かべた美雪が『じゃ、はいってはいって~』と2人をリビングへと引っ張っていく。


 律姉が持参したスペシャル苺大福の時とは異なり、今回のお土産は史記も含めたみんなで食べるようだ。


 律姉の持ってきたあの苺大福は、仕事のことを黙っていたことに対する美雪へのお詫びの品であり、今回のお土産は淡路家へのお土産である。

 お菓子に目が無い美雪ではあったものの、一応、そのような線引きはしているようだ。

 

『今日の組み合わせは何がいいかなー。やっぱり抹茶かな? ……ん~、かぶせ茶もいいよね。でもでも……』などと、早くもおみやげに合わせる飲み物を思案し始めた美雪は、リビングへと戻るや否や『おにいちゃーん。おやつたべよー』と輝く瞳と共に、貰ったばかりの和菓子たちを料理中の兄へと差し出した。


「……いや、早くないか? 朝飯食べたばかりだろ?」


「んゅ? そんなの全然関係ないんだよ?

 目の前にお菓子があるんだもん、食べないとか処刑ものだよ!?」


 そんな言葉とともに、腰に手を当ててその薄い胸を張った美雪は『まったくもー。お兄ちゃんは全然わかってないんだからー』と不満そうに唇を尖らせた。


 どこの法律に照らし合わせたのか定かではないが、そうことらしい。


 そんな可愛い妹をチラっと流し見た史記は『ふぅ』とため息を吐き出すと、仕方ないとばかりに肩をすくめた。


「……あー、はいはい。いまお茶いれてやるから、ちょっと待ってろよ。

 今日は、どれがいいんだ?」


「えとね、えとね……。玉露っ!!」 


「あいよ」


 そう妹に了承の意を伝えた史記は、頂きもののお菓子に視線を落とした後に、それを持ってきたであろう人物の方へと視線を向けた。


「ん? なんだ、どっちかだけかと思ったら2人ともいたのか」


「あぁ、家の前であってな」


「そっか。そんじゃ、ちょっとだけ座っててくれるか、あとは箱詰めだけだからさ。

 お前らが持ってきてくれたお菓子でも食べてたら、すぐだと思うよ。

 柚希も美雪と一緒なのでいいか?」


 突然の申し出に、柚希の視線が宙を泳いだ。


「えぇーっと、お構いなくー」


 そう申し訳なさそうに返した柚希の答えを了承と受け取った史記は、自分も含めた3人分の玉露を用意しながら、残された1人に声を飛ばす。

 

「それで? 鋼鉄はどうする?」


「……苦く無いやつを頼む」


「あいよ」


 史記がわざわざ別枠で鋼鉄に尋ねたのは、このためだ。 

 どうやらこの『漢』。見た目に反して、苦い物がダメらしい。


 そんな鋼鉄の答えに美雪から不満の声が飛ぶ。


「鋼ちゃん!! 玉露は苦くないんだよ!! 甘いんだよ!!」


「……そうだな。悪かった。

 史記、……別のやつを頼む」


 それでも鋼鉄の答えは変わらなかった。

 

 味覚は人それぞれ。特に苦味や辛味は、経験値による差が大きい。

 いくら美雪が甘いと主張しようとも、鋼鉄が甘いと感じるとは限らないのだ。


 そんな2人のやり取りを尻目に、冷蔵庫の中をチェックした史記は、牛乳と蜂蜜を掴みながら鋼鉄へと声を飛ばす。


「……ホットミルクでいいか?」


「あぁ」


 そういうことになった。


 手際よく入れられたお茶達がテーブルの上へと並び、美雪が嬉々としてお菓子を各自の前へと配り始める。

 その際に、自分用の物が他者と比べて少しだけ大きい物であったり、数が多かったりするのはご愛敬だろう。


 女子高生2人が緑茶で『漢』がホットミルク。しかも、テーブルの上に並べられるお菓子は、羊羹と桜餅。


 なんとも言えない、奇妙な光景が広がっていた。


 その後、なんやかんやと笑い合いながら、ゆったりとしたおやつタイムに突入した4人は、体に染み渡る玉露とホットミルクを堪能し、春の陽気を感じさせる風味豊かなお菓子に舌鼓をうった。


 ……ダンジョンのことなど、綺麗さっぱり忘れ去って。


 結局は柚希が『あれ? 今日ってお菓子パーティーだっけ?』と本来の目的を思い出すことになるのだが、それは鋼鉄がホットミルクを飲み始めてから、1時間が経過した頃であった。


 『漢』が1人増えたとしても、史記達に大きな変化は見られないようだ。


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