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41話 お姉さんといっしょ

 それから十数分後。


 淡路兄妹と律姉は、ダンジョンの1階へと、その足を踏み出していた。


 彼女達の前には、いつも通りの大自然が広がっており、律姉もその雄大な自然に心を奪われている。


「へぇー、いいところね。お姉さん、びっくりしちゃった」


「えへへー、でしょでしょ。

 草の上で寝転がったら、すっごく気持ちいいんだよ」


「そっかー。お姉さんもしてみようかな」


 美雪が律姉の手を引き、草のうえに寝転がって、風を感じる。

 胸いっぱいに清々しい空気が流れ込んでくるのもいつも通りだ。

 

 だが、そんないつも通りの光景も、律姉に言わせれば、非常に珍しいんだとか。

 

 律姉曰く、日本に出来るダンジョンの大半は、洞窟のようなジメジメした物や、無機質な石造りの物が多いらしく、淡路家のような景色を楽しめるものは日本全土で20も無いとのこと。


 どうやら淡路家のダンジョンは、専門家の目から見ても稀なようだ。


 そんな清々しい景色を前に『んんーー』っと背伸びをした律姉が『ふわぁ』と欠伸を漏らす。


「ん~。なんだか、お姉さん、眠たくなってきちゃった。

 お仕事はやめちゃって、このまま寝ちゃおうかな?」


「うん、いっしょに寝よっ」


 そう言葉にする律姉だったが、無論冗談だ。


 美雪の方は……おそらく本気だろう。

 そんな美雪に対して『ふふふ』と小さく笑った律姉は、その手を美雪の頭上に乗せ、ぽんぽんとあやしはじめる。


「でもほんとに寝ちゃったら部長に怒られちゃうからね。寝るのはまた今度」


 そう言って手を下した律姉は『よいしょ』という掛け声と共に上半身だけを起こした。

 そして再び、その雄大な景色へと視線を移す。


「それにしてもあれね。これなら入場料もとれるんじゃないかな?

 この辺りに公式のやつ少ないし、人気になるかもね」


 何気ない雰囲気で、律姉がそんな言葉を口にした。


 公式ダンジョン。


 それは、国を通じて情報が公開されているダンジョンのことで、各々に設定された入場料を払い免許書を示せば、簡単に入場できる場所を指す。


 良質な貴金属が採掘可能なダンジョンや希少なモンスターが出るダンジョン、薬草などの資源が豊富なダンジョンなど、それぞれのダンジョン合わせた特徴によって客となる冒険者を呼び込み、お金を稼ぐのだ。


 言うなれば、テーマパーク化したダンジョンだろう。


 そんなダンジョンの中には、淡路家に出来たダンジョンのように、風景や環境の綺麗なダンジョンもあり、そのような場所では、実力のある護衛の同行を条件に、一般人の入場も認めていた。


 東北のとあるダンジョンでは、改造に改造を重ねて、年中滑走可能なスキー場にしてしまったところすらある。


「今日、どこいくー?」


「なんか、淡路さんとこの紅葉が見ごろらしいって聞いたよ」


「へぇー、そうなんだ。紅葉かぁ……。うん、決めた。

 あそこの冒険者さん可愛いし、ガイドしてもらいながら、もみじ狩りしよっか」


「うん。お菓子かってこ。

 妹ちゃんへのお土産は、大福でいいよね?」


「今の時期なら栗入りのやつかな」


 そんな会話が成される未来もあり得るのだ。


 だが、テーマパーク化など、部屋の主である美雪の許可がおりるはずもない。


「やだもん。ここは、ユキとお兄ちゃんの大切な場所なんだから」


 そんな言葉とともに、頬っぺたをぷくーっと膨らませた。


 もちろんそれは、律姉も承知のことである。


「大丈夫よ。お姉さんも出来る限りの手伝いはするからね」


 律姉の白い手が、美雪の頭を優しく撫でた。


 きゃっきゃと笑いながら風景を楽しむ2人には、緊張感と言う文字は存在していない。


 もしかすると、淡路家のダンジョンには緊張を感じさせない魔法でもかけられているのかもしれない。


 そんな緊張感の欠片も無い女性陣の隣では、史記もまた、緊張間の無いウキウキとした表情で、その顔をだらしなくほころばせていた。


「いまの俺なら、ドラゴンでも倒せそうな気がする」


 そう呟いた史記の手の中には、いつもの木の棒の代わりに、一本の鉄パイプが握られている。


 上段の構え、下段の構え、抜刀の構えと、漫画やゲームで得た知識をもとに、史記が様々なポーズを決めていた。


 美雪が眼鏡越しに覗いた結果は『ただの鉄パイプ』


 長さや太さは、野球のバットと同じくらいで、両手でギュッと握れば、金属特有のひんやりとした感触と、鉄がもつ硬さが伝わってくる。


 表面が赤く錆びれており、全体的に長年放置されていた形跡が見受けられるが、今まで使っていた木の枝と比較すれば、ちょっとくらいのサビや年季など些細なことであった。


 もともとは律姉用の宝箱に入っていたそれを『お姉さんはいらないから、史記ちゃんが使ったらいいよ』と譲り受けた物だ。


 その対価として2時間の撮影会を要求されたが、現時点では後悔などしていない。


 相変わらずのんびりした雰囲気で空を眺める女性達を尻目に、スーっと鉄パイプを持ち上げて上段に構えた史記は『はぁっ!!』という掛け声とともに、鉄パイプを一気に振り下ろした。


 鉄パイプの重みで若干体が流れたものの、木の枝の時とは比較にならないほどの勢いで、地面から生えていた草にたたきつけられる。


 先日、採取用のナイフを手に入れた時に少しばかり浮かれすぎて、美雪や柚希から白い目で見られたことを気にしてちょっとだけ静かにしていた史記だったが、どうやらその欲求に勝てなくなったようだ。


 鉄パイプが当たった衝撃で地面が少しだけえぐれ、土がちょっとだけ舞い散る。

 そんな自分の攻撃の跡を眺めた史記は、うんうん、と満足そうに頷いた後で、その視線を鉄パイプへと移した。


 それなりの衝撃があったにもかかわらず、年季の入った鉄パイプはびくともしていない。

 どうやら強度もそれなりにあるようだ。


『うん。これなら、安心して振れる。それじゃ次は、切り上げるか』と、そんな思いを抱いた彼は、両腕に出来る限りの力を込め、伸び上がるようにして鉄パイプを上空へと押し上げる。


 そして高々と掲げた鉄パイプを両手の筋肉で制し、再び地面へと叩きつけようとした、


 その瞬間――ピピッ、ピピッといった電子音が周囲に鳴り響いた。


「なっ!!」「ふぇ?」


 何事かと史記が鋭い視線を周囲へと向け、まどろみかけていた美雪もまた、跳ね起きると同時に、あたりをきょろきょろと見渡した。


 そんな緊張感のもと『んぁ~、やっと終わったみたいね』と言って『ん~』っと背伸びをした律姉が、ズボンのポケットから愛用のスマホを取り出した。


 どうやら、電子音の発生源はそのスマホらしい。


『驚かせちゃったみたいでごめんね』と淡路兄妹に誤りながら、律姉がその画面へと視線を落とした。


 そこには気圧や湿度、魔力量や獣化量など、ダンジョンに関する様々な数値が表示されており、最終評価の欄には『ランク1』と表示されていた。


 そんな数値達をゆっくりと眺めた律姉は『ほっ』と安堵の息を吐き出すと、爽やかな笑顔で史記達の方に視線を送る。


 そして、胸を大きく張った。


「それではお姉さんの調査の発表します。

 1階は安全です。あんまり強いモンスターは出ません」


 そんな晴れ晴れとした声が、史記達の耳に届いた。


 スマホの画面を操作しながらウキウキと語る律姉曰く『美雪ちゃんたちのダンジョンの1階には、あんまり強いモンスターは出にくいみたい』とのこと。


 なんでも、強いダンジョンには強い魔力が籠っており、弱いダンジョンにはそれなりの魔力しかないんだとか。

 ただし『同じダンジョンでも階層によって強さが違ったりするから気を付けてね』とのこと。


 専門知識の無い史記達には、深く理解できなかったものの、とりあえず『1階に関しては安全』ということだけは理解できた。


「うんしょ、っと。ふぅー、それじゃ、あとはサンプルのモンスターを持ち帰るだけだね。

 お姉さんを守ってくれるんだよね、美雪ちゃん? 史記ちゃん?」


 そんな言葉と共に、律姉が立ち上がった。

 どうやらこれからは狩りの時間らしい。


 そんな律姉の要請に『任せてよ。ユキは強いんだから』と自信満々に小さな胸を張った美雪に対して、史記の嘆かわしい視線が飛ぶ。

 

 新しい武器を手に入れた史記と違って、美雪には攻撃手段が無いはずである。

 そもそも『鉄パイプも木の枝も可愛くないもん』と言って、史記から受け取らなかったのは美雪なのだ。


『いや、お前、どうやって攻撃するんだよ?』と思ったものの、楽しそうに目を輝かせる美雪を見て『……まぁ、可愛いから良いか』と、感情の奥底へと沈ませた。


「……とりあえず、俺が先頭な。

 危なかったフォローよろしく」


「はーい」


 なにはともあれ、モンスターを倒すのは、史記の仕事になりそうだ。


『ふふふ、それじゃ、行きましょう』と言う掛け声を皮切りに、史記を先頭にした3人は、ゆっくりとしたペースで歩き始めた。


 その後、ほどなくして出会った1匹のスライムを史記が『試し切り』とばかりに鉄パイプの一撃で撃破し、律姉の調査は終わりを告げた。



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