4話 ダンジョンの歴史
淡路家でダンジョンが発見された翌日。
1-2と書かれたカードが刺さる高校の一室に、史記の姿があった。
教壇に立つ若い男の教師が、40人の生徒を前に朗々と教科書を読み上げている。
開かれているページのタイトルは『ダンジョンの過去と今』
本日のテーマは、ダンジョンの歴史だった。
「1990年、世界で初めてのダンジョンがアメリカで発見された。そしてその翌年、熊本で日本初のダンジョンが発見される。
その後、次々と出現したダンジョンは現在、日本だけで400個以上あると言われている。だが、その正確な数は政府でも把握できていない」
教科書の文章をそっくりそのまま読み進めた男性教諭が、教科書から視線を外して、教卓に乗った名簿に目を向ける。
そこに書かれているのは、このクラスの生徒たちの名前と割り振られた番号。
「えーっと、今日は、10日か、……出席番号10番、垣本 勝、その理由がわかるか?」
そして、1人の男子生徒が指名された。
ちくしょー、やっぱ俺かよ。今日はついてない、そんな言葉をぐっと飲み込んだ男子生徒――勝が、ゆっくりとその場で立ち上がる。
日付故に、それなりの心構えが出来ていたらしく、用意した答えをすらすらと口にした。
「出現の原因が不明で、いつ出来るかわからないのと、消滅させることも出来るから、ですか?」
疑問形での返答だったものの、彼の表情は自信に溢れていた。
何のことはない。手元の教科書に目を落とせば、そこに答えが書いてあるのだ。
教師が生徒へ出す質疑は、基本的に授業への理解度を試すものが多い。本気で回答がわからない問を投げかける教師など、圧倒的に少数派だ。
「おー、ちゃんと勉強してるようだな。座っていいぞ」
そんな当たり前とも呼べるやり取りに対し、満足そうに頷いた男性教諭が、部屋全体を見渡しながら授業を進める。
どうやら次なる質問と、次なるターゲットを探しているようだ。
「垣本が言うように、ダンジョンは増えたり減ったりする。ダンジョンコアと呼ばれる球体に触れて願えば、簡単に消滅するからな。まぁ、増やす方はどうしようもないんだが」
そう言って寂しそうな雰囲気を滲ませた男性教諭が、手元の教科書に視線を戻す。
「ダンジョンは魔石やモンスターの素材が採取できるため、人類を飛躍的に進歩させた。だが、勿論、デメリットも存在するのは知ってるよな? えっと、それじゃ、隣の席の淡路」
そして彼が目を付けたのは、ぼーっと窓の外を眺めていた史記だった。
平日の朝だからということで学校には来ていたが、頭の中は昨日発見したダンジョンのことでいっぱいだった。
そのうえ、授業内容が『ダンジョンについて』なのだから、脳内が授業以外の事に向けられるのも仕方がない。
「……おーい、淡路、淡路史記。聞いてるか?」
しかしながら、そんな家庭の事情を知る由もない男性教諭は、明らかにぼーっとしている史記に対して、その口調をすこしだけ強め、鋭い視線を向ける。
いくら脳内が別のことでいっぱいであっても、自分の名前が呼ばれれば、自然とそちらへ意識が向くというもの。
ガバっと頭を前方へと向けた史記は、慌てて立ち上がり、軽く頭を下げた。
「すいません、聞いてませんでした」
取り繕うことはやめて、素直に謝る。
授業はちゃんと聞けよ、と言いたげな雰囲気で、男性教諭がわざとらしく肩を竦めた。
「ダンジョンのデメリットだ。デメリット。
なんかあるだろ?」
とっさに思い浮かぶのは、昨日の出来事。
「あー、あれですね。放置しておくと、モンスターが出てきて近所迷惑になること、ですね」
それは今現在、史記を苦しめている元凶である。
この教室に居る誰よりも、一番身近に感じている問題だった。
「その通り、淡路も良く勉強してるな」
などと返されても、当て付けではないかと勘ぐりたくも成る。
私有地に出現したダンジョンは、土地の所有物になる。
ダンジョンから溢れだしたモンスターが悪さをすれば、その責任は所有者が負わなければいけない。
軽くて器物破損、最悪の場合、殺人罪。
美雪の部屋にダンジョンが出来て以降、必死に情報を集めていたのだから、単純なデメリットくらいすらすらと出てくる。
キーンコーンカーンコーン。
唐突に1限目の授業が終わるチャイムが鳴り響き、社会科担当の教諭が退出していった。
ぼーっと空を眺め続けて居れば、またチャイムが鳴り、次の授業が始まる。
国語、英語、数学と、時間割に合わせて担当教諭が交代するたびに「授業に集中しろ」と注意を受けたが、どうしてもダンジョンのことが頭を離れなかった。