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36話 免許の取り方

 その日の放課後。

 

 約束通りに準備を整えた史記と美雪は、勝司弁護士行きつけの焼肉店へと足を踏み入れていた。


 店内は完全個室。

 決して狭くは無い部屋の中央にポツンとアツアツに熱せられた網だけが置かれており、その周囲を3人が囲んでいる。


 弁護士の先生行きつけの店だけあって、高品質で、お高い価格設定。

 一般人からすれば、店の入り口を見た時点で財布の中を確認したくなるような雰囲気の店だ。


 だが、この店の支払いは勝司弁護士が出してくれるため、史記がそのような寂しい心配をする必要も無い。

 それに、この店にくるのは今回で7回目なので、場の雰囲気にのまれるなどと言うことも無かった。


 そのため、前菜のスープやナムル、サラダなどに続いて、見るからに高級そうなロースやカルビ、勝司弁護士のお気に入りである厚切りの牛タンなどが机の上に並べられた頃には、史記の雰囲気も学校の昼食時と変わらない物になっていた。


 そんなタイミングを見計らって、それまで雑談を続けていた勝司弁護士が本題を切り出す。


「それで? あの免許証は、どうやって手に入れたんだい?」


 端から正規ルートでの入手ではないことを確信した質問ではあるが、それも仕方が無い。


 冒険者の免許証の応募資格は高校生以上なのだが、合格するには適切な経験と適切な戦闘力を示す必要がある。


 戦闘力はまだしも、経験の方は1年程度の弟子入りでもって初めて認められるような世界なのだ。


 ダンジョンが出来てからまだ数日しか経過していない現状で、1年間の弟子入りに匹敵するような経験を史記がしているはずも無かった。


 もちろんそれは、史記も重々承知である。

 むしろ、そんな経験が必要だとわかったからこそ、必死で手に入れたとも言える。


「もちろん、国の機関に許可をもらったんですよ。……ちょっとだけ、裏技を使いましたが」


「だろうね。……その裏技ってのを教えて貰えるかい?」


「…………わかりました。お話します」


 あまり人に話したくは無い類の話なのだが、勝司弁護士は話の分からない人物ではない。


 むしろ、話しておかないと後々厄介なことになる。


 そう判断した史記は、思い出すように……思い出したく無いように、その出来事を話し始めた。



 それは、史記が学年主任に呼び出される前日のこと。


  

 朗らかな陽気が差し込む日曜日の昼下がり。恋愛勇者スグルの家に、史記の姿があった。


 史記と勝は親友と言って差し支えない間柄であり、休日の親友宅に史記の姿があっても、別段、可笑しな話ではない。


 だが、堅いフローリングの床に必死の表情で頭を擦り付けているのであれば、おかしいどころか異常だろう。

 さらに付け加えれば、その部屋の中に勝の姿は無かった。


 そこにいるのは、床に伏せる史記と、そんな史記を楽しそうに見下ろす一人の女性。2人だけだ。


「お願いします。許可証をください。律姉(りつねぇ)だけが頼りなんです」


「んー、そうやってお願いされても、お姉ちゃん困っちゃうなぁ。

 史記ちゃんの頼みだから、なんとかしてあげたいんだけどなぁ」


『いやー、こまったこまった』と言いながらも、ニヤニヤと楽しそうな表情を浮かべる女性。


 垣本 律子(かきもと りつこ)


 恋愛勇者の異名を持つ垣本勝の姉であり、史記とは幼いころからの付き合いで、律姉、史記ちゃんと呼び合う仲である。

 

 美雪や柚希と一緒にダンジョンへ入ってみた感触として『これなら大丈夫そうだな』と感じた史記は『よし、免状を取るかな』と決意したものの、『はぁ? 実務経験必要とか聞いてねぇよ!!』と、その敷居の高さに驚き、親友の勝に相談を持ち掛けた。


 そもそも『高校生以上なら出来るはずだぜ?』と言い出したのは勝なのだから、彼に相談……というより、文句を言いに行くのは当然の結果だ。


 勝から返答は、と言えば、


「でーじょぶ、でーじょぶ。姉貴を頼ればいけるぞ。一応、すでに話は通してあるから。……まぁ、がんばれ」


 そんな言葉だった。


 詳しく話を聞けば、律姉の仕事先は地方防衛局の職員らしく、さらに言えば、ダンジョン関連を担当しているとのこと。しかも、そこそこのエリートなんだとか。


 ゆえに、史記の許可証に認可を出すことも可能らしい。


 実務経験は律姉に弟子入りしたことにして、戦闘力の方も律姉が教えたことにすれば、書類上の問題はないそうだ。


『それ、だめなやつじゃない?』などと思ったものの、ほかに手段があるわけでもなく、こうして頭を下げ……いや、頭を擦り付けに来たというわけだ。


 だが、そんな史記の誠意も律姉には届かなかったようで、律姉の口から新たな条件が出されることになる。


「うーん、可愛い史記ちゃんの頼みだもんね。お姉ちゃん、頑張っちゃおうかな。

 それじゃ、お代は、いつものように『か・ら・だ』で払ってもらおうかな」


 そんな言葉と共に羽織っていた上着を脱ぎ棄て、長袖のTシャツ姿になった律姉は、幸せそうな表情を浮かべて、史記の後ろ側にある廊下を指さした。


 その先にあるのは、律姉の部屋である。


「……いや、あのですね。出来れば別の方法で――」


「だーめ。お姉さんを満足させてくれたら許可証をあげる。

 減るものじゃないし、いいじゃない。ね?」


「…………かしこまりました」


 そして史記は引きずられるようにして、律姉の部屋へと消えて行った。


 冒険者の免許取得の代金を体で払うために。 


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