34話 犯罪の気配
採取が出来る小さなナイフを入手して、スライムの解体を試みた日から2日が過ぎたお昼ごろ。
土日のお休みを挟んだことによって生じた気だるい雰囲気が支配する食堂で【シスコン】と【恋愛勇者】と【漢】の3人が、1つのテーブルを囲んでいた。
今日は女性陣の乱入も無く、普段通りの昼食だ。
「……それじゃなにか?
スライムは仕留めたけど、相棒のスライムに横取りされて、自分達は食えなかったってことか?」
「あー、まぁ、横取りってのはちょっと表現がきつ過ぎる気がするけど、概ねそんな感じだったよ」
「くぁーー、もったいねぇ。せっかく面白い話が聞けると思ったのに、なんで食べてねぇんだよ」
「いや、仕方ないだろ。勉強の時間も迫ってたし、ペールを責める訳にもいかないしさ」
結局、ペールが謎の行動を起こしたあとは【史記のためのお勉強会】の時間が迫ってるということで、そのまま美雪の部屋へと帰還していた。
そのため、せっかく採取が出来るナイフを手に入れたというのに、スライムの刺身は未だお預け状態である。
果たしてスライムの刺身はうまいのか、まずいのか。
その答えが知りたい……いや、より正確に言うなら、未知のゲテモノ料理を食べた親友が不味い思いをして苦しんだことを聞き『うわぁー、ホントに食べたのかよ。数少ない勇気を発揮したのに、よりにもよって不味いとか、ぷぷ。マジざまぁ』と言いたい勝が『まじかよー』と呟いて、椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げた。
そんな自分勝手な親友に対し、史記が優しい声で説得を試みる。
「まぁ確かに食べてみたいとは思うけど、1番重要なことは『モンスターを間引く事』だからさ。
スライムを食べたことで、ペールがちょっとだけ大きくなった気がするし、問題ないよ」
「……まぁ、そうなんだけどよぉ」
いまいち納得がいっていないとばかりに、勝が恨めしそうな視線を史記へと投げかける。
「でっかくなったのは、良いんだろうけどさぁ……。やっぱ、自分でたべねぇと。
……鋼鉄。お前もそう思わねぇ?」
これ以上史記を押しても仕方ないようだ。そう感じた勝が、鋼鉄に自分の援護を依頼する。
「……いや、ペールを鍛えるべきだ。
史記達は索敵能力が不足している」
だが、そんな勝の思惑も虚しく、もっともな意見によって切り捨てられてしまった。
不意打ちによって腹を殴打した史記や危険回避よりも興味を優先する美雪はもとより、一番しっかりしていそうな柚希に関しても索敵能力が高いとは言えない。
テスト期間が終わった後には鋼鉄も参戦することになっているが、もともと現代人には高い索敵能力など備わっては居ないのだ。
そう考えれば、ペールの成長を促して戦力を上昇させることは、今後のダンジョン攻略に役立つはずである。
だが、そんな現状だとしても、一緒に行くことが出来ない勝にとってはどうでも良い話だ。
「くわぁーーーー。お前も真面目だねぇ!!」
「……お前は、もう少し真面目になれ」
面倒だとはかりに視線を勝から外し、味噌汁をずずずー、っと飲み干した鋼鉄が『ごちそうさまでした』ときっちり手まで合わせた後に、カバンから【英単語カード】を取り出した。
そして、束になったカードを1枚1枚、確かめるように捲りながら声だけを投げかける。
「午前の手応えは?」
本日の午前中。
それは、数学、国語、社会、歴史のテストという名の地獄めぐりの時間であり、今から30分後には英語地獄が待っている。
「俺はそこそこ出来たと思うよ。柚希に教えて貰った内容が結構出てたし」
「…………」
それなりの自信を見せる史記に対して、勝はただ無言で答えるのみ。
日ごろは『やっぱさぁ、勉強できる奴ってモテると思うんだよね!!』などと言いながら、高得点をマークする勝には珍しく、あまり良くない結果だったようだ。
だが、だからと言って、テスト直前ぎりぎりまで勉強するようなことはしない。
『点数良くて、余裕がある男とかカッコ良いやん!!』ということらしい。
低い点数が予想できる現状においては、単純に勉強しないで点数が悪い人なのだが、【恋愛勇者】はそのポリシーを変える気は無いようだ。
そんな2人のやり取りをよそに、皿の上に残った最後のカツを口の中に収めた史記が『ふぅー』と幸せそうな息を吐き出して、日替わり定食を詰め込んだ腹を摩る。
「ごちそうさまでした。
それで? このあと、どうする? 教室戻る? 図書室行く?」
そんな言葉と共に『食堂も教室も勉強するにはうるさいし、図書室かな』などと思いながら席を立った史記だったが、その耳に、プッツっと校内放送の電源が入る音が入り込んできた。
(ん? この時間帯に放送?)
などと思っている間に、スピーカーから男性教諭の声が聞こえてくる。
「1年の淡路史記。1年の淡路史記。
至急、職員室に来なさい。繰り返す。淡路史記は、至急、職員室に来なさい」
どうやら1人の生徒が職員室に呼び出されたようだ。
その男の名は、淡路史記らしい。
「……は?」
自分が呼び出されたらしい。そう理解した史記の口から、そんな言葉が漏れ出した。
「……お前、なにやらかしたんだよ?
放送で呼び出しなんて、初めて聞いたぞ?」
そんな言葉と共に非難めいた視線が勝の目から発せられる。『犯罪か? 犯罪だな!? 犯罪だよな!!』そんな雰囲気である。
食堂内に居合わせたクラスメイト達からも、好奇的な視線が飛んでくる。
すごく居心地がわるい。
「食器の片づけ、任されよう」
「……あ、あぁ。悪い。よろしく」
状況は理解できないが、とりあえず職員室に行くしかないようだ。
そう理解した史記は、空になった【日替わりランチ】の皿を鋼鉄に預けて、クラスメイトの視線から逃げるように職員室に向けて走り出した。