33話 スライムの解体
「っ!!」
敵襲か!? と一瞬だけ身構えた2人だったが、
「………………へ?」
「ふゅ?」
目の前では、まったく予想していなかった光景が広がっていた。
「や、だめ。見ないで……」
そこに居たのは、顔を真っ赤にして手で胸を隠す柚希と、特等席から抜け出してきたと思われるペールの姿。
どうやら、弾け飛びそうになっていた胸のボタンが取れてしまったようで、柚希が必死に襟元をつかんで胸元を隠していた。
彼女の足元でペールが弾んでいる事実を考えると、ペールが無理やり外に出ようとした結果ボタンが外れたとか、そのような出来事が起こったのだろう。
(おぉう。服をうえに持ち上げているおかげで、胸の下半分の形が……。ペールって超優秀だな!!)
それ以外に思うことはなにもない。
顔を赤く染めた涙目の美少女が、必死にその豊かな胸を隠している。
さらには、服が引っ張られることによって、その丸みを帯びた誘惑の果実が行き場を無くし、上着の布を押し戻している。
だが、そんな鼻の下を伸ばした心のゆとりも、次の瞬間には掻き消えることになった。
「は? ちょ、たんま!!」
地面で弾んでいたペールが、猛スピードで体当たりしてきたのだ。
「くっ!!」
妹や柚希から非難を浴びるんだろうなー。けど、今は幸せだからOK。後のことは、あとで考えよう。いまはこの幸せな光景を脳に焼き付けて、いつでも再生できるようするべきだよな!! いやー、ダンジョンって良いところだねぇ。
などと、もはや開き直りとも言える思考を繰り広げていた史記だったが、ペールの行動については完全に予想外だった。
そんな自分の予想の斜め上を行く事態にパニックを起こした史記は、反射的に目を閉じて、両手をクロスさせて顔を守り、歯を食いしばって襲い来るであろう衝撃に備えた。
もし史記がスライムに立ち向かった時の冷静さを保っていたのなら、“迎え撃つ”という選択肢もあったのだろうが、戦闘訓練のようなものを受けていない彼の思考では、急所である頭を咄嗟い庇う行動が精いっぱいだった。
つまり、頭以外の防御は皆無。無防備もいいところだ。
「…………ん?」
だが、そんな無防備な状態を晒してから数秒の時が経過しても、史記の体が痛みを訴えてくることは無かった。
『なにかがおかしい』そう感じた史記は、恐る恐る目を開き、周囲に目を向ける。
「…………ん????」
だが、目を全開にまで見開いても、目の前に迫っていたはずのペールの姿は確認できない。
視界に映るのは、自分の方向に目を向けて呆気にとられる美雪と柚希の姿だけ。
(後ろで何が!?)
そんな思いで史記が、後ろを振り返る。
目に飛び込んで来たのは、解体中のスライムに乗るペールの姿。
ダンスでも踊るかのように、ペールがスライムの上でプルプルとふるえていた。
(俺の方に向かって来たんじゃなくて、横をすり抜けてスライムの方に行ったのか……。なぜに??)
「…………」
これからいったい何が起こるのか。
そもそも何かしらの事が起こるのか。
緊張感を感じた史記が、ゴクリと唾を飲み込む。
いつの間にか、周囲には何ともいえない張り詰めた空気が流れていた。
そうして人間達が固唾を飲んで見守る中、ペールが一瞬にしてオレンジ色の淡い光に包まれる。
「っ!!」
何かが起きた。
そう判断した史記は、一瞬にしてバックステップを踏み、その光から距離をとった。
何が起こっても良いように、木の枝を両手で構える。
全身に力を入れて目を凝らせば、後方から美雪の声が飛んだ。
「ふぇ?」
「…………消えた?」
光が収まったその場所にいたのは、ペール、ただ一人。
解体中だったスライムの姿は無く、ペールだけが楽しそうに弾んでいた。
「お兄ちゃん。何がおこったの?」
「……いや、わからない。柚希、心当たりは?」
「私もわからないかな。
……けど、なんだか、ペールちゃんがちょっとだけ大きくなった気がしない?」
「ん? 大きく?」
柚希の言葉に促されて、再びペールに視線を向ける。
……どうなのだろう。
言われてみれば、確かに大きくなった気もする。
「食べた? いや、吸収して大きくなった?」
今一つ状況が理解出来ないが、結果だけを考えると、そういうことなんだと思う。