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32話 スライムの採取

 ナイフを持った史記を中心に、美雪と柚希もスライムの周囲にしゃがみ込む。


 果たして、目の前にある潰れた饅頭のどこからナイフを入れるべきなのか。

 モンスターの解体についてこ情報などこれっぽっちも持ち合わせて居ない史記は、文字通り手探りで解体することになった。


 ……のだが、触れようとした指が、直前になって止められた。


「……触っても大丈夫だよな? 手、溶かされたりしないよな?」


「大丈夫!! 危ないなら鑑定さんが教えてくれてるはずだよ」


『ユキの鑑定さんは優秀なんだから!!』などと慎ましやかな胸を張る美雪に『…………そうだな』と渋々答えた史記は、恐る恐るうっすら緑色した透明なボディに向けて左手を伸ばした。


 どうして数日前に手に入れたばかりの眼鏡の効果に対して、そこまでの高い評価をつけたのかはわからないが、妹にきっぱり断言されてしまった兄としては、これ以上躊躇することは許されない。

 それが、兄妹の上下関係というものだ。


「……ぷにぷに、だな」


 感触を感じれる程度にだけ中指をスライムの体に触れた史記は、そんな言葉を発しながら中指の状況を素早く確認する。


 どうやら、溶けてはいないようだ。


(私は、妹の言葉を疑ってしまった悪い兄です。ごめんなさい。誠に申し訳ありません)


そう心の中で懺悔の言葉を繰り替えしながら、史記の手が再び潰れた饅頭のような体に触れた。


「おぉう」


 まず手に伝わってくるのは、手に吸い付くようなシットリ感。

 雰囲気としては『落としても卵が割れない、ゲル状シート』のような感じだった。


 確かに、これならペールの肌触りを絶賛する美雪達の言動も頷ける。


 そんなシットリぷにぷにボディに、少女達の白くて細い手も伸びてくる。


「にゅふーー。ぷにぷにだねー。

 んー、けど、ペールちゃんの方が、気持ち良いかなぁ?」


「うん、そうだね。私も、ペールちゃんとはちょっとだけ質感が違っているように感じるかな」


「なん、だと…………」


 ペールに触れたことのない史記にとっては、目の前に横たわっているスライムのボディでも十分に幸せな感触だったのだが、ペールを触ったことのある者からすれば、ちょっとだけ不満らしい。


『まじかー、ペールのやつ、どれだけの物を持ってんだよ。これは、触り比べてみる必要があるな!!』そう感じた史記だったが、ペールが今いる場所は、柚希の豊かな胸の中である。

 普通に触れようとしただけでも変態扱いされていたのだ、現状で触り比べなど出来るはずも無かった。


『はぁ』と小さくため息を吐き出した史記は、無理やりペールのことを頭から追い出し、当初の目的に戻る。 


 とりあえずのとっかかりとして、指先で表面を指先でつまんでみた。


「……うーん。表面に皮のようなものがあるな」


 手を押し込んでみると、表面には1センチにも満たない他よりもほんの少しだけ堅い層があり、その下ににゅるにゅるや、ぷにぷにと表現する層があるように感じられる。


 表面はグミ、内部はゼリーと言った感じだろうか。


「ん? 中心に丸い石みたいなのもあるな。小石? いや、種か?」


 そのゼリーのような層より深く、体の中心というべきその場所には、明らかに他とは違う、小石のような丸くて堅い層があった。

 史記の記憶に当てはめると、アボカドの種のような層である。 


 とりあえず、スライムの構造は理解した。


 アボカドの種の周りをゼリーが覆っており、そのゼリーをグミが包み込んでいる。そんな感じだ。


「………とりあえず、種を取り出して、皮を剥げそうなら、剥いどくか。

 血抜きは……、いらないよな?」


 念のために2人の少女の方へと視線を送る史記だったが、案の定、彼女達は首を横に振るだけで、答えらしい物は返ってこない。


「……うっし、とりあえず、やりますかー。

 美雪と柚希はちょっとだけさがっててくれる?」


「はーい」


「了解。頑張ってね」


 2人が少しだけ後方へと下がり、史記が手に持つ小さなナイフがスライムへと向かう。

 

 史記が普段からあまり多く持ち合わせていない“数少ない男らしさ”を見せるかのように、スライムの真ん中から、大胆にナイフが当てられた。そして、グミを切るように、スー、っと抵抗らしいものを感じさせずにナイフがその肉へと突き刺さり、史記がナイフを手前に引くことで、あっけなく大きな切込みが出来た。


「おっ、切れる切れる。中も透明なんだな」


 切り口から覗くスライムの中は、外から見る物と大差なく、血のような物が流れ出ることも無かった。ナイフを入れたことで少しだけ横に広がりを見せたものの、形が変わったり、崩れ落ちたりということも無い。

 “固めのゼリー”もしくは“ちょっと柔らかい羊羹”でも切り分けているような感じだった。

 

 しかし、いくら肉質が柔らかいと言っても、使っている道具は刃渡り4センチほどしかない小さなナイフである。

 史記としては、中の種のような部分にまで1回でその刃を届かせる予定だったのだが、1回では目標の半分ほどしか届いていなかった。


『んー、切り口がイビツになるから嫌だったんだけど、しゃーないよなー』などと、料理人特有のこだわりを全う出来ないことに不満を感じながら、史記が切り口を広げるようにナイフを差し込んだ。


 ――その瞬間。


「きゃっ!!」


 突然、柚希の口から悲鳴があがった。



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