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3話 担当弁護士 2


 美雪の部屋にダンジョンが出来たことを身振り手振りを交えて伝えた結果、勝司弁護士が小さなため息を吐き出した。


「面倒なことになったねぇ……」


 真剣な表情を顔に貼り付けたまま、頭を左右に振って、人差し指を1本立てる。


「選択肢は1つだけだね。

 専門家に依頼して、定期的にダンジョン内のモンスターを間引いてもらう事。そうしないとモンスターが溢れてきて、君達が危険になるからね」


 答えは簡単だった。


 専門家が居るから頼れ、誰がどう聞いても正しい回答である。


 だが、そう断言する勝司弁護士に対して、少しだけ疑問を覚えた。

 弁護士に対してする質問としては、少しだけ失礼かな、とも思ったが、とりあえずは聞いてみることにする。


「えぇーっと、あんまり詳しくないんですが、ダンジョンって『国への報告義務』ってのがありましたよね?

 報告したら、国が何とかしてくれるんじゃないんですか?」


 それは昼飯を口に運びながら調べた結果だった。


 ダンジョンの発見者は、国へ可及的速やかに報告する必要があり、報告しなけば罰せられる。

 県庁の窓口には、ダンジョンを専門に扱う部署もある。


 勝司弁護士は保護者としての立場も併せ持つため、質問と報告を兼ねて事務所まで来たものの、県の窓口に相談に行くのが正解だろうなと思っていた。

 

 だが、そんな甘いとさえ言える考えを勝司弁護士がバッサリと切り捨てる。


「残念ながら国や県は何もしてはくれないよ。

 たしかに報告義務はあるんだけど、それは『保護するためではなく罰するため』と言っても良いくらいの物だね」


 勝司弁護士曰く、モンスターが溢れて人や物に危害を加えた場合には、土地の所有者が罰せられる。


 つまり、ダンジョンは害虫や雑草と一緒な扱いだから、剪定や駆除などは自分で頼め、そういうことらしい。


 ちなみに、ダンジョンで得た利益は、所得税の課税対象となる。特別有能な物であれば、固定資産税まで徴収される。


 報告義務はそのための物であり、どこまでもお役所仕事だった。


「……気がついたらスズメバチが、家の中に大きな巣を作ってた。そんな感じですか?」


「そうそう。さすが史記君。理解が早いねぇ」


 少しだけ長くなってしまった説明を自分の言葉に変換して返せば、勝司弁護士が嬉しそうに笑った。


 えっとー、たしか、この辺にー、などと呟きながら、引き出しの中をひっくり返し始めた勝司弁護士が、1枚の名刺を見つけて差し出して来る。


「ここに知り合いの冒険者の連絡先が書いてあるから、依頼してみると良い。

 巣の中で取れた蜂蜜は好きにしていいよ、って言えば、格安で依頼を受けてくれるはずだからね」

 

 名刺に書かれていたのは<株式会社ドラゴンスレイヤー>という文字と、代表取締役の名前にメールアドレス。


 本当にドラゴンが倒せるのかは別として、確かに専門家のようだ。


 ただ、格安とはいうものの、ダンジョンの管理は命懸けの仕事になるため、それ相応の代金は必要になると思う。


 だが幸いと言うべきか、両親が残してくれた預金と保険金が残っており、お金に関しての心配はなかった。

 それは親代わりと財務管理を請け負っている勝司弁護士が、1番良くわかっていることだろう。

 

「ありがとうございます。連絡してみます」


 必要な情報と、1つの答えが提示されたことで、少しだけ心が楽になる。

 座ったままで頭を下げて、ほっと息を吐き出した。

 

「もし法外な値段を言われたら相談しにおいで」


 勝司弁護士の方も、一仕事終えたとばかりに背もたれへと倒れ込み、真剣な表情を薄れさせた。

 その代わりとして、好々爺とした笑顔が滲み出る。

 

「おっと、もうこんな時間だね。

 どうだい? 一緒に食事でも。史記君も美雪ちゃんも育ちざかりだから、焼肉なんかがいいのかな?」


 嬉しそうに誘う勝司弁護士に対して考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと首を横に振る。


「……いえ、申し訳ないんですが、すでに晩御飯の準備を整えて来てるので、また機会があれば……。ほんと、すいません」


 心苦しく思いながらも、断りの言葉を入れた。


 だが、実は嘘だったりする。


 申し訳ない心に偽りはないが、言葉の方は真っ赤な偽物だった。

 本日の晩御飯は、コンビニの弁当で妥協しようと決めていたので、事前に準備するものなどあるはずがない。


 一応の回答は貰ったものの、ダンジョンが出来てしまった事実に変わりはなく、これから色々と動かなければいけない。


 高級焼き肉よりも優先すべきことが、まだ残されていた。

 

「いやいや、良いんだよ。

 それじゃ、次に来るときは結婚報告を期待しているからね」


 ははは、と楽しそうに笑う面倒なおやじを無視して、妹の手をひきながら事務所を後にする。


 外に出ると、あたりはすでに夕暮れ時。


 赤く染まる街並みを美雪と並んで我が家に帰る途中、ずっと静かにしていた美雪に対して、1つだけ質問をしてみた。


「依頼、どうする?」


 美雪が顔を伏せ、ゆっくりと言葉を選ぶかのように呟く。


「…………知らない人が、部屋に入るの、やだ」


「だよなぁ……」


 予想通りの答えを聞きながら、深く溜息を吐き出すしかなかった。 



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