28話 暖炉の中で
それから歩くこと、20分。
突然、わき道からモンスターが飛び出してきた!!
なんてことも無く、史記達は無事に建物の前へとたどり着いた。
見た目は『木こりの家』と言った感じで、かっこよく言うならログハウスなのだろう。
家の壁は丸太を横に並べて積み上げたもののようで、屋根は赤茶色のレンガ。
建物の周囲には木で作った柵があり、庭のような場所には家庭菜園を思わせる畑があった。
「うゅ? だれか住んでいるのかな?」
「……いや、それは無いんじゃないか? もし住んでいたとしても、モンスターだろ」
「モンスターの家!?」
なぜか、美雪が目を輝かせた。
「……そうとも限らないけどさ。ってか、住まいがあるようなモンスターと戦いたくはないな」
見た限りではあるが、屋根の上に取り付けられた大きな煙突から煙は出ておらず、家の中から物音がすることも無い。
家自体はモンスターに荒らされたような気配も無く、生活の跡も見えなかった。
周囲の見た目に合わせてスイスっぽい建築物を用意してみました、そんな雰囲気に見える。
「すいませーん。誰かいますかー?」
念のためドアをノックし、大声を張り上げてみた史記だったが、案の定、中から返事が返ってくることは無い。
家の周囲を見渡しても、住民らしき人の姿は見当たらなかった。
「ダンジョン内なんだから、不法侵入で逮捕、なんてことはないよな?」
そんな史記のちいさな呟きを美雪が律儀に拾い上げる。
「大丈夫だよ。もし捕まっちゃっても、おにぎりを差し入れに面会に行ってあげるね。
おにいちゃんの大好きな鮭にしたらいいかな?」
「…………あ、うん。おねがいします」
満開の笑顔で親指を立てる美雪に対し、若干の悲しみを覚えながら『ってか、お前、ごはん炊けねぇだろ? どうするつもりだ?』などと思いながらも、声には出さず、柚希の方へと視線を送る。
「柚希はどう思う?」
「んー、法律的には大丈夫じゃないかな?
ここの土地って淡路家になってるはずだから、不法侵入には該当しないよ」
『それに、ここまで来て、何もせずに引き返すって選択肢は無しじゃないかなー』そういって、好奇心を前面に押し出した柚希が微笑んだ。
3人の中で好奇心が1番強いのは、柚希なのかもしれない。
「……そうだな。とりあえず、なか、覗いてみるか」
そう宣言した史記が、右手に持った木の枝をギュッと握り直し、あいている左手で木で出来たドアノブを掴む。
「開けるぞ?」
後ろを振り返り、最終通告を出した史記に対して、美雪と柚希が頷いた。
キィーっと音を立てるドアを引き、弾け飛ぶようにして入口から距離を取る。
右手に持った木の枝を両手で正面に構え直して、家の中を覗き見た。
そこにあったのは、木のテーブルと6つの椅子。
床はフローリングで、壁は外の見た目と同じく、丸太の質感を前面に押し出した作り。
部屋の端のほうには、火の入れられてない石造りの暖炉があり、その逆側には、2階へと続く階段があった。
(……ふぅ、敵の姿は無いか。……いや、こういうイベントは、部屋に入った瞬間に何か起こるってのが一般的だし、気を抜くべきじゃないよな)
そう思いながら、ゆっくりと家の中へと足を勧めようとした史記だったが、その横をすーっと1人の少女が駆け抜ける。
「すごーい‼」
「なっ!!!」
驚く史記をしり目に、家の中へと駆け込んだ少女が無邪気な笑顔で振り返った。
「おにいちゃん、暖炉があるよ!! 暖炉だよ!!
ここに住んでるモンスターってお金持ちなのかなー?」
暖炉の横に積み上げられた薪に手を伸ばし、美雪が無邪気に笑う。
どうやら、史記が心配しているようなイベントは発生しないようだ。
「美雪ちゃん。ダンジョン内は危ないんだから、史記君を先頭に行動しようね、約束したよね?」
「ふぇ? あー、そうだったかなー。うーん、ごめんね、ゆずちゃん。
それよりも、見てよ‼ 暖炉だよ、暖炉。火ってつくのかなー?」
慌てて追いかけた柚希の注意もどこ吹く風。
美雪の興味は、暖炉だけに向けられているようだ。
『はぁ……。まぁ、美雪だもんな』そう小さく呟いた史記が肩を竦め、小屋の中へと入る。
「柚希、悪いんだけど、ダンジョン中は美雪と手を繋いでて貰えるか?」
「うん、そうだね。それがいいかも……」
柚希も、美雪の無鉄砲具合には頭を抱えているようで、史記の要請に素直に頷いてくれた。
『俺も、もうちょっと注意深く見張ってなくちゃいけないな』と決意を新たに、改めて部屋の中を見渡した史記は『なんだか、木に包まれてる気がするな』という漠然とした感想を頭の中に浮かべた。
石の暖炉以外はすべて木で出来ているようで、木と石以外は何もないと言った感じだ。
テレビはもちろん、台所やトイレのような場所も見当たらない。端にあった階段を2階に上がれば、4つのベットが並んだ部屋が1部屋あったが、そのベットも使われた形跡は無かった。
やはりここは、ダンジョンが作り上げた風景の一部、ということなのだろう。
「おにーちゃーん」
そんな結論に至った史記だったが、一階から自分を呼ぶ声が聞こえ、階段から乗り出すように顔を下へと向ける。
「どうしたー?」
「えっとねー、暖炉からナイフがでてきたー」
「はぁ? …………わかった。いま行く」
どうやら、イベント発生らしい。
滑り降りるように1階へと降りた史記を待ち受けていたのは、真っ赤なナイフを嬉しそうに掲げる美雪。
美雪が見つけたナイフは、刃渡りは4センチにも満たない小さなバタフライナイフのようで、暖炉から出て来たという割には、煤一つ付いていないように見える。
『なぜ暖炉に? ちっちゃくない?』
などと、いろいろ思うところもある史記だったが、なにはともあれ、木の枝に代わる新しい攻撃手段を入手したようだ。