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27話 胸上のスライム

 柚希がペールと一緒にご飯を食べるようになってから2日が経過した日の放課後。


 史記と美雪はダンジョンの1階で、アルプスの草原もかくやという光景を眺めていた。


 そこにあるのは3日前に見た風景と同じなのだが、何度見ても目を奪われるほどに美しい情景だ。


 無論それは、初めてその光景を目の当たりにする柚希も例外ではない。


「疑ってた訳じゃないけど、ほんとうに綺麗なところなんだね」


「でしょ、でしょー」


 淡路兄妹の後ろに続いて階段を下りて来た柚希も、その雄大な光景に目を奪われていた。


 1回目は卵を手に入れただけ、2回目はペールを鑑定しただけで帰宅していたため、柚希にとってはこれが三度目の正直ということになる。


 本当はペールの鑑定を済ませた後に来る予定だったのだが、どうやらダンジョン内の太陽は外の太陽と連動しているらしく、1階につながる階段の先が真っ暗だったため、その日のダンジョン攻略は中止しにていた。


 そのため本日は、勉強会を後回しにして明るい間にダンジョンへと来ていた。


「地下のはずなのに風を感じるね。なんか、不思議な気分」


 両手を広げて胸いっぱいに爽やかな風を吸い込んだ柚希が、清々しい表情を浮かべながら澄み渡ったそらに微笑みかける。


「ユキのお気に入り。寝転んでそらを見上げたら最高なんだよ?

 ゆずちゃんも一緒に寝るー?」


 そんな柚希の横では、早くも美雪が草原の上に寝転がっていた。

 本人の言葉通り『いまが人生最高の幸せ‼』と言わんばかりの、とろん、とした表情を浮かべている。


「うーん。魅力的なお誘いだけど、すぐに暗くなっちゃうからね。

 それに、モンスターが出るところじゃ寝れないかな」 


 そんな美雪を横目で流しながら『モンスターがみんなペールちゃんみたいにおとなしかったら良いんだけどね』といって、柚希がその大きな胸の上に、ちょこん、と乗ったペールを指先で撫でる。


 鑑定の眼鏡によると、ペールの戦闘能力は皆無らしいのだが『一応は柚希の使い魔なんだから、ちょっとくらいの護衛には成るんじゃないか?』ということで、ダンジョンに下りる前にネックレスの中から出てきて貰っていた。

 

 始めのうちは『肩の上に居て貰うのが良いかな』と考えていた柚希だったが、階段を下りるたびにペールが転げ落ちそうになったため、色々と居場所を替えた結果、最終的には胸の上に居て貰うことになった。


 胸の弾力とペールの弾力が良い感じに合わさって、そこが1番座りが良いようだ。

 少なくとも肩の上よりは安定しているように見える。


 そんな自分のパートナーともいえるペールから手を放し、ふふっと優しく笑った柚希が、改めて周囲の状況に目を向ける。


「近くは草原で、遠くが森と山。ここからじゃ遠くて詳しくは良く分からないけど、いくつかの建物もあるみたいだよね。

 それで? 美雪ちゃんたちは、どの辺まで調べたの?」


 そんな柚希の言葉に、草むらに寝転がりながらコロンと体を柚希の方へと向けた美雪が、きょとんと首を傾げた。


「うゅ? 調べるって?」


「えぇーっと、私が居ない間に1回だけここに来たって言ってたでしょ?

 どこら辺まで行ったの? 2階への階段は見つけて無いんだよね?」


「あー、えーっと、なんだ。……あの時は初回だったからさ。

 この辺だけというか、あの木までというか……」


 そういって、史記が目と鼻の先に見える1本の木を指さす。その距離は100メートルも無いだろう。

 走れば数十秒くらいの距離でしかない。


「あの木、って、あれ?」


 目を丸くしたあとに怪訝そうな顔をする柚希に対し、すかさず史記がフォローをいれる。


「あー、ちがうんだよ。すぐに暗くなってきたからさ。スライムを1匹だけ倒して帰ったんだ」


 実際には、草むらでお昼寝をしていたせいで時間が無くなり、2匹目のスライムの体当たりを食らって逃げ帰ったのだが、そんな恥ずかしいエピソードを披露する気は無いようだ。


「あっ、そうなんだ」


 すこしだけ予想に反したその答えに、素直に驚いた柚希だったが『私の初めては、ここまで来てないし、1匹でも倒せてるんだから良いのかな』そう思い直して、未だに草むらで寝転がる美雪の方へと目を向ける。


「美雪ちゃんは、もうちょっと寝ていたい?」


 いつも通りの優しい柚希の声に、上半身だけをゆっくりと起こした美雪が、頬に手を当てて少しだけ空を見上げた。


「うーん、ゆずちゃんが寝ないなら、もういっかな。どこか行くの?」


「うん。せっかく勉強を後回しにして明るいうちに来たんだから、ちょっとくらいは冒険したいかなって」


「うん、いいよ。いこいこ!!

 お兄ちゃんもそれでいいよね?」


「あぁ、いいんじゃないか?

 ずっと入口で立ち止まっててもあれだしな」


『それじゃ決まりねー。どこ行こっか』そういって、美雪が立ち上がり、スカートについた枯草をパンパンと払いながら周囲に目を向ける。

 

 行先と言っても、周囲にあるのは山か森か点々とある建物だけ。


 山はダンジョンが作り出す幻影らしいので、選べるのは森か数個の建物だけである。


「うーん。森の中は危ないイメージが強いから、建物がある方に行ってみない?

 人は居ないと思うけど、何かあるかもしれないし」


「そうだな。そうしてみるか」  


「はーい」


 そういうことになった。

 新人の柚希さんが、早くもリーダーポジションである。


 木の枝を剣のように持つ史記を先頭に、美雪と柚希が後に続く。

 時折風に揺れる草むらを十分に警戒しながら、1番近くに見えていた建物にむけて、その1歩を踏み出すのだった。



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