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26話 ぷにぷにtime

 放課後も美雪の説得を続けた柚希だったが『だって……、ママとパパと泊まった部屋だもん……』と消えそうな声で美雪が呟いたことをきっかけに、説得作戦を断念していた。


 美雪の部屋になっているその場所は、彼女が引っ越してくるまでは客間として使われていた。

 親戚が遊びに来たときに泊まる部屋として利用されていた。


 美雪の生い立ちを知る柚希としては、口を塞ぐしかない。


 しかし、だからと言ってそのままで良いはずも無く、最終的には、ダンジョン入口の周囲に防犯用の赤外線センサーを設置することで妥協することになった。


 もしモンスターが出てくれば大音量のサイレンが鳴り響き、部屋を照らす蛍光灯よりも強い光が周囲を照らすことになる。


 これがあれば、知らないうちに部屋の中をモンスターが徘徊していた、なんていう最悪の状況は避けれるだろうという。


 史記のお財布には大打撃だが、美雪の体にダメージが行くよりはずっとマシだろう。


 ちなみに、ホームセンターへ防犯装置を買いに行ったのも、説明書片手に必死で設置したのも、史記1人である。


 お嬢様方は、ホットケーキミックスを使ったクレープパーティで盛り上がっていたようだ。


 史記が居なかったため、生地の成功率は3割ほどである。


「それじゃ、行きますか」


「はーい」


「うん。後ろは任せてね」


 ついさっき取り付けたばかりの赤外線センサーのスイッチをOFFにした史記が、木の枝を手に石の階段に足をのばした。


 その後に美雪と柚希が続く。


 時刻はすでに10時を過ぎ、外は窓から洩れる明かりや街灯の光だけが周囲を照らしていた。


『うん、まだまだ頑張らなきゃいけないけど、今日のノルマとしては十分かな』と柚希から勉強会終了の御許しを貰い『やっとなの? もぉー、遅すぎるよ、お兄ちゃん!! ほんと、お兄ちゃんってば、お兄ちゃんなんだから』などと美雪に怒られたのが、今から10分ほど前のこと。


 勉強会の開始からはすでに6時間近くが経過して居り、ずっと勉強を見て貰っていた柚希には申し訳なく思う史記だったが、漫画を読んで時々爆笑していた妹に『遅い』などと言われたくは無かった。


 ……言われたくは無かったが、結局は勉強をさぼっていた自分が悪いため、妹の酷評も甘んじて受け入れるしかない。


 そんな訳で、若干の不機嫌さをその身に宿らせていた美雪だったが、ダンジョンに入って1番最初の部屋にたどり着いた頃には、すでに別のことで頭がいっぱいだった。


「ペールちゃん、ペールちゃん♪ ぷにぷにの、ペールちゃん♪

 ここならいいよね? ゆずちゃん、みせてーー!!」


 本日、こうしてダンジョンに入ってきた目的。


 それは、柚希に与えられた卵から産まれた肌色のスライムをその目で確かめることである。


 嬉しそうにペールについて語る柚希を見て以来、見たい、触れてみたいと思う気持ちは、美雪の中で膨らむ一方だった。


 そんな美雪の要望に対し、少しだけ考えるような素振りを見せた柚希だったが、周囲を見渡した後でゆっくりと首を縦に振る。


「……そうだね。ここなら大丈夫かな。

 それじゃ、ちょっとだけ離れててね」


 淡路兄妹が、1歩、2歩と、自分から少しだけ距離を取るのを見届けた柚希は、胸元からピンクのネックレスを引っ張り出した。


 首から下げたそのネックレスの下に両手をそっと這わせ、優しい声で語りかける。


「ペールちゃん。出てきてくれる?」


 そんな柚希の言葉から少しだけ遅れて、ピンクのネックレスからにゅるんとペールがその手の中に落ちた。

 すっぽりと納まる確かな感触をその手で感じた柚希が、嬉しそうに微笑む。


「うん。ありがとう。

 美雪ちゃん。鑑定してもらっていい?」


「あっ……、うん」


 ペールの体積は納まっていた石の3倍程度。

 明らかに物理法則を無視したその光景に、目を丸くする美雪だったが、鑑定することに嫌は無い。


 胸ポケットにしまってあった眼鏡を装着し、柚希の手のひらに転がる肌色のスライムを覗き込んだ。


「えぇーっと、種族はスライムの幼生で、飼い主はゆずちゃん。

 好き嫌い無くなんでも食べる。まだ幼いから戦闘能力は無いんだって」 


 結局、出てきた情報は、見た目でなんとなくわかる範囲のものだった。


 種族はどう見てもスライムだろうし、柚希の小さな手に収まる程の体に高い戦闘能力が備わっているとも思えない。

 新しい情報と言えば、食べ物の好みくらいだろうか。


 ただし、そこから色々と推測することは出来る。


「幼生ってことは、これから大きくなるのかな?」


 そういって、柚希がつんつんとペールを優しくつつく。


「うーん、たぶん、そうだと思う」


「明日からは、ペールちゃんの分のご飯も作らなきゃね」


 なんでも食べるということは、自分達と同じ物を用意すればいいのだろう。

『明日からは一緒に食べようね』と微笑む柚希に対して、その気持ちを知ってか知らずか、ぽよんぽよんとペールが手の中で弾む。


 美少女が嬉しそうに微笑みかけるその光景を目の当たりにし、


『雑食のスライム=生ゴミ処理機』


 などと少々失礼で残念な方程式を脳内で確立させていた史記は、自分の穢れた心を恥じるように、すーっと視線をそらした。


 そんな史記とは正反対に、美雪は相変わらず熱い視線を柚希の手の上に注いでいる。


「これでいい? 知りたいことはわかった? もういい? OK? OKだよね?」


 待ての号令がかかった犬のように、美雪がランランとした目を柚希に向ける。


「うーん、そうだね。これで今日の目的は達成かな。

 美雪ちゃん。ぷにゅぷにゅ、する?」


「うん!! する!!」


 柚希の一言に満開の笑顔を咲かせた美雪が、ゆっくりとその手をペールへと伸ばしていく。


『わぁ。ほんとだ、すべすべ』『にゅるにゅる、気持ちいい!!』などと、乙女2人がきゃっきゃと盛り上がる。


 どうやら女子高校生に対する戦闘能力は、かなり高いようだ。


 勝がペールの事を『師匠』と仰ぐ日も近いのかもしれない。


 そんな乙女たちのぷにぷにタイムは、史記が『……俺も、触っていい?』と、1歩その足を踏み出した瞬間、ポニュンと弾んだペールが、柚希の胸に飛び込むようにしてピンクの石に吸い込まれるまで続けられることになった。


 その後『もぉー、お兄ちゃんのせいで、ペールちゃんが逃げちゃったじゃない。お兄ちゃんのへんたい』と妹に罵られた史記が、ひどく落ち込んだことは言うまでも無い。 


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