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25話 スグルの本気

 柚希によってペールと名付けられたスライムが産まれた翌日。


 昼休みの食堂で、4人の男女が1つのテーブルを取り囲んで座っていた。

 そこからかなり離れた場所で寂しそうにちらちらと視線を送る男が1人。


 史記と鋼鉄、美雪、柚希。

 離れた場所に居るのが勝である。


 普段は教室で購買のお弁当を広げている柚希と美雪が『お兄ちゃん、ゆずちゃんが話したいことがあるんだって』と言って、日替わり定食を堪能する史記達を訪ねて来たのが、今から5分ほど前のこと。


 その後、水が急斜面を流れ落ちるかのように勝が美雪と柚希に告白し『お兄ちゃん。そこの邪魔な虫、追い出して』と美雪が兄に命じ、史記と鋼鉄に両肩を抑えられた勝が強制的に退席させられた結果、このような形で落ち着いたのだった。


 そして『恋愛勇者』を無視する形で、ダンジョン攻略会議と言う名の雑談が進む。


「鋼鉄くんも一緒にダンジョン行ってくれるんだ。

 足を引っ張らないように頑張るから、よろしくね」


「あぁ、よろしく頼む」


『木の枝』と『眼鏡』に『スライム』。

 ここにどのような武器を追加すればバランスが良くなるのか、まったく見当も付かないが、一応、この4人がパーティーを組むことになる。


 本当ならもう1人、一緒に行きたがっている人間が居るのだが、勇者は勇者でも『恋愛勇者』の参加はNGだった。


「あっ、そうそう。私がもらったあの卵なんだけどね。

 昨日の夜に、ちゃんと産まれて来てくれたよ」


 にっこりと笑う柚希に対し『おぉ』や『へぇー!!』といった感嘆がそれぞれの口から漏れる。


 鋼鉄だけは、卵のことを知らないため『なんだそれは?』という顔をしているが、ここで会話を遮る気は無い様だ。


 そんな鋼鉄を尻目に、美雪が目を輝かせながら、テーブルに上半身を乗り出した。


「どんな子ー?」


「うーんとね。種族はたぶんスライムかな。

 ちょっと安直かもしれないけど、肌色だったからペールオレンジからとって、ペールって名前にしてみたの。すごくかわいいから、美雪ちゃんも気に入ってくれると思うよ」


 そう言って胸元に滑り込ませてあるピンク色のネックレスに、服の上からそっと触れた。

 昨夜産まれたペールオレンジ色のスライムは、そのネックレスの中でおとなしくしているようだ。


「あとでどんな子か鑑定してもらっていい?

 たぶんスライムなんだと思うけど、詳しいこと知りたいの」


「……怖くない?」


「大丈夫。ぽよぽよのぷるぷるだから」


 少しだけ怯えた表情を見せる美雪に対して、柚希が柔らかな笑顔をむけた。

 そこには、確かな自信が宿っているように見える。


 それもそのばず、実際に柚希はその感触の虜になり、睡眠時間を1時間も削ることになったのだから。


「お餅より柔らかで、大きなグミをコネコネしてる感じだよ。

 手に吸い付いて、しっとりすべすべ。憧れのお肌って感じかな」


 昨晩の感触を思い出すかのように、柚希がその手で、見えない何かをもてあそぶ。

 そんなぷるぷる中毒の柚希に引きずられるように、美雪の表情が少しだけ和らいだ。


「……ユキも触っていい?」


「もちろん。……けど、ここじゃ目立つから、ダンジョン内で、ってことになるかな」


 柚希の言葉通り、学校の食堂に突如スライムが出現したとなっては、大騒ぎになりかねない。

 最悪の場合、自衛隊の特殊部隊のお出ましも有り得る。


「えぇーー。……うん、そうだね。わかった、放課後まで我慢する」


 さすがの美雪も、しぶしぶではあったが、柚希の言葉に同意してくれた。

 

 なにはともあれ、今日もダンジョンに突撃することは決定事項のようだ。


「鋼鉄くんは? 一緒に行く?」


「……いや、勉強と家の手伝いだ。悪い」


「そっか。それじゃ、3人で行ってくるね。

 えーっと、ダンジョンに行くのは昨日と一緒で、勉強会のあとってことでいい?」


 視線を鋼鉄から淡路兄妹の方へと変更した柚希に対して、美雪が微妙な顔をする。


「うーん、ユキはそれで良いんだけど……、お兄ちゃんの勉強、間に合うの? 昨日のゆずちゃんの様子見る限り、結構やばい感じなんでしょ?」


 下から見上げるようにして、不安げな表情を兄の方へと向ける美雪に対し『任せてよ』と言わんばかりに、柚希がその大きな胸を張った。


「それは大丈夫。勉強会は、史記くんがわかってくれるまで終了しないの。いざとなったら泊まらせて貰うから、時間の心配はいらないかな。

 いいよね、美雪ちゃん?」


「うん。一緒にパジャマパーティしよ」


 両親の居ない淡路家はそれなりに融通が利くため、柚希も頻繁に泊まり込んでいた。

 遠慮などとは無縁の気安い関係である。


 ちなみに、そこに兄の意見を伺うようなことは無い。兄などそのようなものなのだ。


『これで、報告と決めなきゃいけないことは終わりかな』と清々しい表情を見せた柚希だったが、そこでふとした疑問が湧き上がってきた。


 それは、自分が泊まるうえで、それなりに重要なこと。


「そういえば、美雪ちゃんって今はどこで寝てるの?」


 部屋にダンジョンが出来たのだから、別の場所で寝ているはず。

 そう思っての質問だったのだが、かえってきた答えは予想外のものであった。


「ふゅ? どこでって、ユキの部屋だけど?」


『当たり前でしょ?』と言わんばかりの表情を見せる美雪に対して、柚希が『え? なんで?』と表情を曇らせた後で『ほんとに!?』と言いたげな顔で史記の方に視線を向けた。


「あ、あぁ。一応、危ないからってとめたんだが、美雪はどうしてもあの部屋が良いんだってさ」


「ユキの部屋は、ユキのだもん。ダンジョンさんなんかに渡さないんだからね!!」


 そう強く宣言した美雪は、ぷくーっと頬を膨らませた。


 淡路家にはかつて両親が使っていた部屋や、物置として使われている部屋がいくつか存在するが、ダンジョンが出来たからといって部屋を移動する気は無い様だ。


「部屋が変わると寝れなくなるし、なんか負けたみたいでやだもん」


 そういうことらしい。


 手を替え、品を替え、いろいろな作戦で美雪の説得を試みた柚希だったが、結局、昼休みの時間をフルに使っても、彼女を説得することは出来なかった。


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