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24話 新たな仲間

 柚希が初めてダンジョンへ入ったその日の夜。


 手元を照らせる小さなスタンドだけが光る真っ暗な部屋の中で、勉強机に腰掛けた柚希は、手の中で青い縞模様の卵をもてあそんでいた。

 細く白い指が、ざらざらとした卵の表面をなぞる。


「どんな子が産まれてきてくれるのかな」


 そうちいさく呟いた柚希の顔は、どこか母性を感じる表情を浮かべていた。

大きくなるお腹を摩る妊婦のようにも見える。


 出会ってまだ数時間だというのに、そこにはある種の情があった。


 卵とネックレスを手に持って、美雪の部屋へと帰った3人は、そこで初めて『鑑定の眼鏡』の存在を思い出した。


 美雪が装備し、鑑定した結果。

 卵は『従魔の卵』で、ネックレスは『籠のネックレス』だということが判明した。


『従魔の卵』は、文字通り従う魔物が産まれてくる卵らしい。


 どんな魔物が産まれてくるのかは不明だが、たとえドラゴンのような高位の存在が産まれたとしても、柚希の命令に従ってくれるそうだ。


 その強靭さは、ニワトリの卵とは比べものにならないくらい堅いらしく、たとえハンマーで叩いたとしても割れることは無いようだ。

 柚希が気軽に持ち運んでいるのはこのためである。


『籠のネックレス』の方は、従魔を入れておく籠の役割を果たしてくれるネックレスらしい。

 対象が従魔であれば、どのようなサイズのモンスターでも吸い込むことが出来るそうだ。


 つまり、柚希に与えられた装備は、『ペット』と『籠』。

 ゲームで例えるなら、テイマーや魔物使いに分類される装備なのだろう。


「可愛くて強い子がいいかな」


 うっとりと卵を眺めていた柚希は、願いを込めてそんな言葉を口にする。

 『骸骨くらいなら頑張るけど、ゾンビとかだったら、ちょっとだけ嫌かな』などと、まだ見ぬ未来のパートナーに淡い期待を感じていた。


 ゾンビを使役する巨乳美少女。……特殊な趣味を持つ男性には受け入れられるかもしれないが、本人としてはあまり気分の良い物では無いようだ。

 

「すぐには無理かもしれないけど、産まれてきた子が戦えるようになったら、私もダンジョンに連れて行ってくれるよね?」


 ここに居ない2人に対する質問を口にしながら、指先で卵をつまみ上げた柚希は、中を透かし見るように卵をライトにかざして見るものの、真っ黒な影が映り込むだけで、中の様子を窺い知ることは出来なかった。


「私が美雪ちゃん達と遊べるかどうかは、君にかかってるんだからね」


 そんな言葉を呟きながら、人差し指で、卵をつんつんと突っつく。


 美雪の部屋でモンスターを見た柚希が最初に感じた思いは、恐怖だった。


 日常の片隅にモンスターが存在し、冒険者と呼ばれる人々が、日々そのような生物と戦っていることは知っていた柚希だったが、自分を殺せる力を持った者に敵意を向けられる恐怖は知らなかった。

 

 だが、その脅威が去り、安堵感に包まれると『私も冒険者になってみたい』そんな思いが心の奥底から湧き上がってきた。


 学校では優等生に分類される柚希でも、いまどきの高校生の例に漏れず、アニメや漫画、ゲームは好きだった。


 とことんのめり込む性格の柚希は、ただ読むだけでは飽き足らず、いつの間にかその世界を体感したいとすら考えるようになっていた。


 幼少のころに美少女戦士のアニメを見て『ゆずもへんしんしたい』と、グッズを買い求めるところから始まり、戦国物の小説を読み『素敵だな』と乗馬体験とアーチェリー場を訪れ、戦記を読んで1人旅でグアムに行き、射撃体験をしたこともあった。


 1番の親友である美雪にも内緒だが、自作のコスプレに袖を通したこともある。


 史記からすれば『めんどくさい』の一言で終わる行為であっても、柚希からすれば非日常を体験できるワクワクする行為だった。


 そのため、親切心からではなく心の底から『ダンジョンに行ってみたい』と感じた柚希だったが、運動面に関してはあまり得意な方ではない。

 むしろ、美雪から『ゆずちゃんってトロイよね。やっぱり、おっぱいが邪魔なの? ちょっとだけ頂戴!!』と言われるレベルである。


 ゆえにダンジョンに入った当初は『1回だけ入れてもらって、次回からは外で手助けしようかな』と考えていた。

 自分がモンスターと呼ばれる生物達と、武器を片手に戦えるなどとは思えなかった。


 だが、幸いと言うべきか、ダンジョンから与えられた装備は、自分の運動能力とは関係の無い物。

 それに今回は自分のわがままだけでなく、親友の手助けにもなるとすれば、柚希が止まる理由は無かった。


 それ故に、自分の希望を叶えてくれるかもしれない卵に愛着をもつのも、もはや必然とさえ言えた。


「産まれるまでは、お腹で温めたらいいのかな?」


『どうする? 一緒に寝る?』と、卵に問いかける柚希だったが、もちろん卵からの返答は無い。


「うーん、寝てる間に産まれちゃって、寝返りで潰しちゃったら大変だし、今日はここに居てもらおうかな」


 転がらないようにコースターの上に卵を置いた柚希は、ベットへと向かおうと椅子を引いた。


ーーその瞬間、眩しいほどの光が、卵を覆う。


「きゃっ!!」


 悲鳴とともに目を閉じる。


 網膜に映る光が収まるのを待ってからゆっくりと開いた柚希の目に、亀裂の入った卵が写り込んだ。


「…………割れてる? 産まれるの?」


 柚希が固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと卵が割れて上の方から崩れ落ちて行く。


 くちばしで叩くような音も無いまま、自然に壊れた卵。


 その中から、肌色のゼリーが這い出してきた。


「……すらいむ?」 


 夕方見たスライムより2回りほど小さく、柚希の小さな手でも包めるほどの大きさしか無いものの、ぽよんぽよんで潰れた丸の体は、スライムに間違いないだろう。


 夕方の恐怖からか、少しだけ強張った声になった柚希だったが、その声に答えるかのように、肌色のスライムが1度だけ、ぽよん、と弾んで見せた。


 そして、着地に失敗し、コテン、と後ろに転がる。


「かわいいーー。やん、すべすべ」


 その仕草にときめいた乙女は、包み込むように両手でスライムを持ち上げる。


 戦闘力が高い種族とは思えないが、柚希としては大満足のようだ。 


 こうして、ダンジョン攻略に新たな仲間が加わることになった。



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