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22話 5種類の鳥

 

 勉強会を始めてから3時間が経過しようとしていた頃。

 必死に勉強しているはずの史記の姿が、台所にあった。


「うっし、いい感じに味が染みてるな。

 せっかくだから衣を4種類用意して、食べ比べてもらうか。

 普通のやつとフライドチキン風にザンギ風、最後の1個はパン粉でカツっぽくしようかな」


 そんな言葉と共に塩やコショウ、赤トウガラシの粉末を水で溶いた小麦粉にぶちまけた史記は、昆布つゆで味を調えた後で、昨日の夜から味を染み込ませていた鳥のもも肉を投入する。


 1個1個、丁寧に菜箸でつまみ上げて高温の油の中に投入すれば、パチパチっと油の弾ける音が周囲に響いた。


「今日は3人分だから、いろいろ作れていいな。

 いやー、たのしいわぁー」 


 鼻歌も交えながら、ついさっき購入してきた新しい鶏肉をぶつ切りにして別の液体に潜らせる。


 美雪の部屋では『柚希主催の勉強会』が未だ開催中なのだが、主賓たる史記は料理の真っ最中だった。


 結果だけを見れば勉強が嫌で逃げ出したような形なのだが、決して逃げた訳ではない。


『そろそろ夕飯だな。食べてくだろ?』という史記の問いに『うーん、そうだね。お言葉に甘えさせて貰おうかな』と柚希が返答した結果だった。


 勉強を教えて貰う代わりに夕飯を作る。


 ただ一方的に施しを受けるのは嫌だからと史記が提案し、承諾されてからはずっと、勉強会の夜は、3人で夕飯を食べることが恒例行事となっていた。


 本日は急遽決まった勉強会ではあったが、柚希の両親はゆるい教育方針らしく、家への連絡すら必要無いらしい。


『さすが優等生。信頼されてるねぇ』などと思いながら、近所のスーパーまでひとっ走りした史記は、追加の食材を購入し、こうして家庭教師に支払う代金を作っているのだった。


『美雪も柚希も美味しそうに食べてくれるから、ついつい作り過ぎるんだよな』などと、大量に積み上げられた4種類のから揚げ達を前に少しだけ肩をすくめた史記だったが、『まぁ、あいつらなら大丈夫か。もし余るようなら、冷凍しとけばいいしな』と、何事も無かったかのように千切りキャベツが盛られた皿の上へと、から揚げ達を盛り付けて行く。 


 そして『そうだ、せっかくだからタルタルソース作って、チキン南蛮風も作るか』と冷蔵庫からタマネギを取り出した。


ーーその瞬間。


「みゅにゅぁーーーーーーーーーーー」


 美雪の叫ぶ声が聞こえて来た。


「史記くん‼」


 なにやら、自分を呼ぶ声も聞こえてくる。


 美雪の叫び声には慣れている史記だったが、そこに柚希の声まで混じるとなると話は別だ。


「どうした!?」


 そう叫び返したものの、ドタバタとした音や『にゃ、にゃ、にゃぁーーー!!』という美雪の叫び声が聞こえてくるだけで、明確な返事は帰ってこない。


 焦りながらもコンロの火が消えてることだけはしっかりと確認した史記が、急いで妹の部屋へ走り込んだ。


 そこに居たのは、青い顔で床にへたり込んだ柚希と、柚希を守るように『ただの木の枝』を構える美雪。


 本棚に体当たりしているスライム。


(は? スライム? なぜ?)


 などと思ったのも束の間、妹と一緒に隠蔽したはずのダンジョン入口が丸見えになっている姿が視界に飛び込んできた。


 どうやら面倒な事態になったらしい。


 そう感じた史記だったが、いまは目の前の事態を収束させるのが先決である。


「美雪!!」


「っ!! うん‼」


 史記の呼びかけに応じた美雪が、手に持った木の枝を投げてよこす。


「さんきゅー」


 小さく言葉を返して木の枝を受け取った史記は、敵を刺激しないようにゆっくりと近づいて行く。 


 1歩、2歩と、スライムとの距離を縮めるものの、スライムは相変わらず本棚を攻撃し続けている。


 時折落ちてくる本にも体当たりを仕掛けているのだが、史記や美雪の方に跳んでくることは無い。


 本棚に収められていた本がスライムの攻撃を受けるたびに


『や、だめ。それ、まだ読んでないの』

『いやーー、それお気に入り!! ユキのダーリンがーー!!』


 などと、悲痛な叫びが部屋に響くものの、肉体的な被害は皆無だ。

 ちなみに、落ちて来た本の中に、アルバムや写真集、ブロマイド的な物は一切無い。


『おい、我が妹よ。お前の恋人も二次元なのか』と、恋愛勇者と呼ばれる友人を思い出し、内心項垂れる史記だったが『……まぁ、ダーリンってことは、相手は男なんだろうし、ユリじゃないだけマシだな』と無理やり気持ちを立て直して、暴れまわるスライム目掛けて木の枝を振った。


 木の棒がスライムにめり込み、シャンデリアのような煌きに包まれたかと思えば、一瞬にしてその姿が掻き消える。


「…………倒した、のか?」 


 確かな手応えはあった。だが、ダンジョン内とは異なり、消えて居なくなったせいで、本当に倒したのか、はたまた隠れただけなのか、その判断がつかない。


 そんな問いかけとも呼べない史記のつぶやきに、明確な答えを出したのは、妹の美雪……では無く、未だに青い顔をしている柚希だった。


「……ええーっと、もし今のがモンスターだとするなら、倒したという認識であってると思うよ。

 外に出て来たモンスターは、死んじゃうと光になって消えちゃうから」


 そう言葉を紡いだ彼女の視線は、スライムが居た場所と史記が右手に持つ木の枝、露わになったダンジョンの入口の間を行ったり来たりしていた。



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