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2話 担当弁護士

 美雪の部屋にダンジョンだと思われる階段を発見してから3時間が経過した頃。

 史記と美雪は、とある会社の事務所を訪れていた。


「勝司さん、お久しぶりです。突然来てしまってすいません。

 ちょっと俺達だけじゃ、どうしていいのか分からなかったものですから……」


 そう言って、史記が浅く頭を下げた。


「いやいや、良いんだよ。担当弁護士に会いに来る理由なんて、それこそ暇だったから、ってのでも良いくらいだ。

 それに今は重要な案件も抱えて無いからね」


 優しく微笑みながら、勝司さんと呼ばれた40代の男性が、高校生の兄妹を出迎える。


 本道 勝司(ほんどう かつじ)

 本人の言葉通り、過去に史記達を担当したことがある弁護士だ。


 パリッと着こなした高級スーツに光る弁護士バッチ。

 眼鏡の奥にある瞳には強い知性を感じ、すっきりと整えられた白髪交じりの髪からは、その道で長期間働いてきた者特有の自信を感じる。


 小さなひじ掛けのついた一般的な椅子に腰かけているだけだというのに、どこか気品を感じさせるその姿は、弁護士だというその主張を裏付けているかのようだった。


 ダンジョンを発見した史記が、その直後にメールでアポを取ったところ、詳しい内容も聞かないまま『すぐに来て良いよ』と返事が返って来たので、適当に昼ごはんを食べてから、勝司弁護士が開く個人事務所に向かい、現在に至るという流れだ。


 そのため勝司弁護士は、史記達が自分の事務所に来た目的を知らない。


「それで? 今日はどうしたんだい?」


 ゆえに、そのような質問が出てくるのも、必然だった。


 当然、その問いに対する答えとしては『ダンジョンが出来た相談』なのだが、史記がその言葉を口にする前に、勝司弁護士が続けて口を開く。


「ははーん。その顔を見るに、美雪ちゃんとお付き合いを始めたとかそんな感じだね。

 けど、だめだよー。戸籍上の問題は無いけど、史記君が18歳になってからじゃないと日本の法律が――」


「あー、違いますから。ってか勝司さん。会うたびにその話しになりますけど、美雪は妹ですよ」


 口早に喋り倒す勝司弁護士に対し、史記が言葉を重ねて、言葉の濁流を堰きとめる。


 史記が抱く勝司のイメージは『親父の飲み仲間の頼れる弁護士』であり『面倒で変態なおっさん』だった。

 会うたびに、とうとう妹と結婚するのか? と聞いてくる年上の男性など、面倒な変態以外の何者でもない。


『はははー、そうだったねー』と軽く受け流す勝司から意図的に視線を外した史記は、自分の隣に腰掛ける美雪をチラリと流し見た。


 そこに居たのは、頬を赤く染め、口を堅く閉ざしながら俯く少女。


(ほらぁ、美雪が顔を真っ赤にして怒ってるじゃないかー。この後の機嫌を取り繕うの俺の役目なんだぜ? まったく、会うたびに変なこと言いやがって……)

 

 それが史記の率直な感想だった。だが、それと同時に、まったく異なる感情も浮かんでくる。

 

(……まぁ、美雪がこうやって表情を表面に出せるようになったのは、このおっさんのお陰でもあるから、あんまり強くも言えないんだけどさ)


 面倒だと思う気持ちの中に、感謝の念が混じっていた。


 悪夢とでも呼ぶべきその出来事は、まだ史記が中学生だった頃のこと。


 淡路家の親戚が一堂に会して温泉へ向かっている最中に、貸しきったバスが崖から転落した。


 生き残ったのは、従妹の美雪と史記の2人だけ。


 ベットの上で目覚めた史記を待っていたのは、親父の友人で弁護士の勝司と、心を堅く閉ざした美雪だけだった。


 そんな美雪の姿を目撃し、事の顛末を聞いた史記は、表情を凍らせたまま涙を流す美雪に向かって『俺が美雪のお兄ちゃんになってやる』と勢いのままに宣言することになる。


 それは史記が持つ正義感から生まれたものであると同時に、彼の心の弱さでもあった。

 美雪を助けたいと思うと同時に、自分も守る者を得ることによって、ぽっかりと開いてしまった心の隙間を少しでも埋めたかったのだ。


 幸いな事に、2人を担当した医者からも『新しい人間関係は心に負担がかかるから、2人で支えあえるなら、それが良いだろう』と後押しされたことが決め手となり、弁護士としての手腕を発揮した勝司のお陰で、2人は一緒に生活出来るようになった。


 今でも小型のバスを見ると不意に暗い顔を見せる美雪だが、それ以外はあの事故より前と同じ、活発な表情が見える美雪に戻っている。

 ゆえに史記は、自分達を助けてくれた勝司にも、自分を支えた美雪にも、一生頭が上がらないのだろうと思っていた。


 そんな昔の記憶を呼び起こし、ぼーっと妹を見続ける史記に対し、勝司弁護士が声をかける。


「さて、冗談はそのくらいにしておこうか。

 ……何があったんだい?」


 そんな言葉と共に、勝司弁護士の顔が真剣みを帯びた。どうやら結婚うんぬんは、冗談だったようだ。


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