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19話 門前にて

 その日の放課後。


 帰りのホームルーム終了と同時に、美雪を引き連れて自宅へと帰った史記は、膝下のゆるいパンツにTシャツスタイルの美雪と共に家を出た。


 無論、家を出たのは玄関からなので、その行先はダンジョンでは無い。


 家の前で手を空に向けて大きく背を伸ばした後で、屈伸と太もものストレッチをした史記が、自分の太ももをパンパンと叩き、肩を回しながら気合を入れる。


「うっし、行きますかー」


「うん。頑張ろうね、お兄ちゃん」


 そんな兄の掛け声に答えながら、美雪が愛用の自転車に跨った。


 こちらもやる気十分だ。


 だが、そんな妹の姿を見た史記は『いやいやいや』と弱々しい突っ込みを入れる。


「美雪も走るんだぞ? なんでチャリに乗ってんだよ?」


 2人はこれからランニングの予定だった。


「えぇーー、だって、走るの疲れるもん。

 ユキは自転車で、お兄ちゃんに喝を入れる役目なんだよ?」


「いや、美雪もダンジョンに入るんだから、トレーニングしなきゃだめだろ?

 なんで監督ポジションなんだよ?」


「えぇーーーー、やーだーー。ひきこもるーーー」


 兄の言葉に、妹が駄々をこねる。

 昨日とは真逆の光景だが、本来はこれが正しいのだ。


 ただし、玄関先でやればご近所さんの視線を集めることになるが、淡路家では日常茶飯事なのでさほど問題にはならない。


 もし誰かに見られたとしても『あらあら、今日も淡路さんとこは仲良しねぇ』で終わりである。


「じゃぁ、一緒に行くの辞めるか? 俺1人でダンジョンに入るぞ?」


「うぅーーーーー。お兄ちゃんのいじわる」

 

 ほっぺをぷくーっと膨らませて抗議する美雪だったが、なにも意地悪で言っているのではない。

 それがダンジョン攻略に必要なことだからだ。


 昼休みを利用して『恋愛勇者』『漢』『シスコン』の3人で、ダンジョン攻略の作戦会議を行った結果『やっぱり、体力づくりから始めなきゃダメだよな』との結論に至っていた。


 様々な手段でダンジョンの情報を収集してきた『恋愛勇者』曰く、『装備などで能力を上げることが出来るが、もとが弱ければどうしよも無い』とのこと。


 ただの木の枝を持った剣道の達人と、刀を装備した史記とが対峙した場合、かなりの確率で達人が勝つだろう。


 そもそも今の史記では、真剣の重みに耐えかねて刀に振り回されるのがオチだ。

 

 そういうことらしい。


『剣道にでも通うか?』などの意見も出たが『剣術を学んだところで、短期間じゃたいした成果も出ないだろう』と言うことで、最終的には『放課後のランニング』で落ち着いた。 


 運動どころか自分の部屋からあまり出ない美雪も、自分の体力が少ないことは自覚していた。

 そのため、一度は兄の呼びかけに応じたものの、いざ走るとなれば拒否感が先に来る。


 たしかに走り慣れていない者にとっては、ランニングなど、何が楽しいのか理解出来ないどころか、一種の拷問ではないかとさえ思う。


 ひきこもり気質の美雪が嫌がるのも仕方が無かった。


 だが、だからと言って、体力が不要になるということは無い。

 昨日はスライム1匹を倒すのが精一杯だったのだ。このままで良いはずがない。


 そんな妹のやる気をどうにか出させようと、史記が考えを巡らせる。


「頑張ってマラソンしたら、今度の休みにホットケーキでも焼くからさ。ちょっとだけ頑張らないか?」


 甘い物を餌にしてにっこりと微笑む史記だったが、美雪の反応は芳しくない。

 頬を膨らませたまま『そんな安い女じゃ無いもん』と言わんばかりの目を史記に向けている。


 それなればと、いつも通りの甘味作戦にくわえて、新たな作戦を実行に移す決断をした史記は、なんの気負いもなく、ゆっくりと言葉を紡いだ。


 それが、禁断の言葉だとも知らずに。


「それにさー。甘いものばっかり食べてたから、腹出て来てるんじゃないのか? デブって――もふぐぁっ」


 気が付いた時には、引き攣った笑顔を浮かべる美雪の拳が、史記の腹に突き刺さっていた。


 昨日スライムの体当たりをくらって、青く腫れている右の脇腹に深々と。


 そこに手加減という文字は存在しない。


『女の子ってダイエット好きだろ? 美雪ちゃんもノリノリで参加するさ』という『恋愛勇者』の発言を真に受けたがゆえの作戦だったが、どう考えても頼った相手が悪い。


 兄とはいえ、異性から『お前太った? ちょっと走れば?』などと言われれば、乙女が怒るのも仕方が無い。


 だが、そんなある意味捨て身とも呼べる史記の作戦は、脇腹の痛みという犠牲を払いながらも、一応の成功へと向かった。


「女の子にそんなこと言っちゃダメなんだからね?

 まぁ、お兄ちゃんはお兄ちゃんで、お兄ちゃんだから仕方ないけどさ」


 はぁ、とため息を吐き出した美雪が、自転車を家の中に仕舞うって戻ってくる。

 指で自分のお腹をつまんだ美雪の姿を見る限り、本人も気にしているようだ。


 ちなみに、兄は友人の言葉に従っただけであり、太っているなどと思ったことは無い。


 逆に『胸に脂肪がついた方が良い』と思うことは、日常茶飯事なのだが……。


「行くよ、お兄ちゃん」


 そう言って美雪がアスファルトの上を走り出した。

 悶絶する兄に対する気遣いなど皆無である。


 そんな妹を追いかけて、脇腹を押さえた史記が、ゆっくりと走り出すのだった。

 

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