18話 おとこ
逃げるようにして、美雪の部屋へと帰った翌日。
普段通りに登校した史記は、おはようの挨拶もそこそこに、友人達からの手厚い歓迎を受けていた。
「とりあえず昨日の成果を聞かせろよ。ダンジョン、どうだったんだ?
ドラゴン出たか? 肉食ったか? 可愛い魔物に告白したか!?
セイレーン? ドラゴニュートのお姉様? ケモ耳ちゃん? お前、誰に告白したんだよ!?」
隣の席に座る勝は、相変わらずの『恋愛勇者』だった。
モンスターに出会いを求めるのは、どう考えても間違っている。
「バーカ。スライムしか出てねえよ」
異様なテンションで騒ぐ友人に対し、端的に答えた史記だったが、その答えが恋愛勇者の攻撃力をさらなる高みへと上らせた。
「な、なんだと!! スライム娘がでたのか!!
スケスケか? スケスケなのか!? スケスケなんだな!?」
苦笑交じりのため息と共に『言ってろバーカ』と友人を罵った史記は、カバンを机の横にひっかけて席へと座る。
そんな史記に対して、今度は隣では無く、後ろの席から声が飛んだ。
「勝から聞いた。無事でなによりだ」
昨日は空席だった後ろの席。
そこに、1人の男が座っていた。
精銅 鋼鉄。
勝と同じく、史記とは保育園時代からの友人である。
身長180センチの坊主頭。
全身が太い筋肉で覆われており、ただ立っているだけで、圧倒的な威圧感を感じる。
趣味で空手と柔道を習っているため、かなり強いのだが、根は真面目な普通の男子高校生だ。
実家が家族経営の鉄鋼業を営んでおり、大きな仕事を受注した時には、手伝いのために学校を休むことも多い鋼鉄だが、3人の中では1番成績が良かったりする。
ちなみに学校でのあだ名は、『慶次』『角田』『猛男』である。
入学2週間目にして早くも『1年2組の漢』と言えば、全校生徒に通じるくらいの『漢』だった。
ある意味『恋愛勇者』と同じような存在だ。
学校で1番大きな机を貰って来たはずなのに、それすらも何処か窮屈そうに座る親友の方へと顔を向けた史記は、脇腹を手で押さえながら恥ずかしそうに笑う。
「まぁ、無事っていえば、無事なんだけどさ。昨日はちょっとしくじったんだよね。
背後からの不意打ち食らって、脇腹に青あざ作って、武器も大破。
朝起きてからも、痣になってることを隠したせいで、妹に怒られるし、散々だったよ」
「結果として、生きているなら勝ちだ。次に生かせば良い」
「まぁ、たしかに、そうだな」
親友の渋い言葉に、神妙な顔をした史記が頷いた。
怪我は時間経過で治るし、新しい枝もすぐ手に入る。美雪の機嫌は、ショートケーキ1個で治るだろう。
確かに、取り返しのつかないミスでは無い。
次回以降、同じ失敗を繰り返さなければ良い。そういうことのようだ。
では、そのためには、どうしたら良いか。
その答えは目の前に居た。
「でな。鋼鉄も一緒に行ってくれね?」
「行くとは、ダンジョンにか?」
不思議そうな顔をする鋼鉄に対し、史記は申し訳なさそうに話を続ける。
「そうそう。美雪と2人じゃ不安なんだよ。
その点、鋼鉄の強さは知ってるからさ。頼むよ」
頭を下げ、手のひらを頭の上で合わせながら懇願する史記に対し、少しだけ悩んだ表情を見せた鋼鉄だったが、ゆっくりと首を縦にふる。
「わかった。任されよう」
『親友の頼みを断るなど、武士の恥だ』とでも言うような表情で肯定してみせた。
武術の経験がある彼にとって、自分の能力を鍛えれる場所は、ある種の遊び場でもある。
それに加えて親友からの頼みであれば、断る理由がなかった。
そんな鋼鉄の答えに、顔をあげて喜びの表情を浮かべる史記だったが、『ただし』と言って、鋼鉄が言葉を続ける。
「手伝えるのは実力試験が終わってからになる。俺達の本業は勉強だからな」
この上ない正論。
そんな考えが自然に出てくる性格だからこそ、高い成績をキープ出来ているのだろう。
「テスト、テストなー。……うん、そうだよな。テストは大事だもんな」
真面目な鋼鉄の言葉に、すーっと視線を逸らした史記は、狼狽した様子で隣に座る勝に目を向けた。
「勉強な。勉強。
勉強できる男はモテるからな。よし、精一杯がんばりますかー」
一応前向きな言葉を並べた勝だったが、彼の表情を見る限り、勉強する気は無いのだろう。
勉強よりも、フェヌメノンちゃんを眺めている時間の方が大切なのだ。
そんな残念な親友2人に対して『はぁ』とため息を吐き出した鋼鉄は『まぁいいさ。自分の道は自分で決める。それが人生だ』と教訓染みた言葉を紡ぎ、黒板横の壁にかかる時計を流し見た。
「時間だな。授業開始だぞ」
そんな鋼鉄の言葉と同時にチャイムが鳴り、1限目の授業が始まる。
何はともあれ、ダンジョン仲間を3人に増やすことに成功したのだった。