16話 採取
「…………たおした、のか?」
へたり込んで動かなくなったスライムを見据えた史記が、そんな言葉をつぶやいた。
手に持った枝を突き出して、恐る恐るスライムに触れてみる。
つんつんつんと枝の先が緑色の水溜りに触れるものの、動き出す気配は無い。
枝を振り下ろした史記の手は、確かな手応えを感じていた。
だが、モンスターと戦うのは初めての経験である。
未だ動かないスライムをみても、史記が確信を持てないのも無理は無かった。
倒したと思って油断した隙を狙ってくるとも限らないのだ。
そんな史記の疑問に、美雪から答えがもたらされる。
「スライムの名前の横に『採取可能』って文字が追加されたから、もう大丈夫だと思うよ?
説明欄にも『お刺身が良い』って言葉が追加されてるー」
「……は? 刺身??」
「うん、お刺身がおすすめなんだって」
「…………そうですか」
そんな言葉と共に、地面に広がるスライムをまじまじと見つめた。
スライムの刺身。
果たしてそれは美味しい物なのか?
どの部分を刺身にするのか?
そもそも食べ物なのか?
「刺身……。刺身、ねぇ……」
たしかに、ドラゴンのステーキなどは、この世のものとは思えないほど美味しいという話は、授業をさぼって調べていた情報の中にあった。
そして鑑定の眼鏡の情報がある以上、美味しいかどうかはさておき、スライムも食べれる物なのだろう。
地面に伸びているスライムに近づいてしゃがみこんだ史記は、透明なボディに向けてゆっくりと右手を伸ばす。
「ん? 冷たい?」
その温度に若干の驚きを感じたものの、スライムの手触りは見た目通り、すべすべでぷにぷにだった。
指先で押してみた感触は、こんにゃくや羊羹に近い。
(まぁたしかに、薄く切って食べる調理方法が向いているのかもしれないな)
現代社会に生きる史記にとって、生き物を殺して食べる事に抵抗を感じない訳ではないが、それは牛肉や豚肉も同じことだと思う。
むしろ、命を蔑ろにしたり、食べ物を無駄にするべきではない。
『いただきます』と言って、有難く頂いた方良いという教育も受けている。
「……食べてみるか」
そう結論付けた史記は、本日の晩御飯にスライムの刺身を追加することに決めた。
さすがに『スライムの刺身と白いご飯のみ』という冒険は出来ないが、横に添えるだけなら大丈夫だろう。
そう決めた。
だが、そんな史記の決意も、美雪によって粉々に打ち砕かれることになる。
「だけどね。採取の能力が備わった道具で採取しないと、食べれないんだって」
「………マジ?」
「うん」
言うまでも無いが、2人が持つ装備の中に採取の能力を持つものは無い。
どうやら、食べる食べないの前に、食べれないようだ。
食べても良いと言われると『どうしようかな』と悩むのに対し、食べれるけど食べれないと言われれば、無性に食べたくなるのが人の性というもの。
とりわけ強い感情を示したのは、兄の方だった。
「美雪、採取の武器。絶対に見つけような!!」
いきなりテンションが上がった兄に対し、美雪がコテンと首を傾げる。
「ふゅ? ……んー? そうだね?」
新たな目標を定めた兄に対し、妹の方はそこまでの感情は持ち合わせていないらしい。
もしこれが甘いものなら目の色を変えていた可能性はあるが、スライムの刺身では乙女の心は動かない。
律儀に鑑定眼鏡からの情報を伝えた事を考えれば、多少の興味は持っているようだが、わざわざ探し求めるほどでは無い様だ。
食材を求めてここに来たわけでは無いのに、どこかしら損をした気分に成りながら、史記の寂しそうな視線が採取可能なスライムへと向けられる。
「それで? こいつ、どうする?」
「んー、埋めるのは無理だよね。スコップないし。
ここに置いて行くしか無いんじゃない? きっと、誰かが美味しく処理してくれるよ」
「……まぁ、そうだな。
ダンジョンって言っても、生態系はあるんだろうし」
「そうそう。お兄ちゃんは難しく考えすぎなんだよ」
採取が出来ないから食べれない。食べれないなら持って帰る必要もない。
そんな結論に至った兄妹は、スライムから視線を外し、立ちあがった。
――その瞬間、
「お兄ちゃんっ!!」
「かっ!!」
わき腹に強い衝撃を受けた。