3-42話 T字路を左へ
退屈な授業が終わり、全員が揃って美雪の部屋にあるダンジョンに足を踏み入れた。
3階は、相も変わらず霧に包まれている。
時折姿を見せるお地蔵さまを倒しながらT字路まで進み、迷うことなく左に向かった。
「うぁ……」
突然霧が晴れたかと思えば、辺りが夜の雰囲気に変わる。
湖の手前でも同じ現象が起こったが、昼夜の逆転には心底驚いた。
1歩戻れは霧に包まれた太陽が見えるのに、1歩進めば大きな満月が晴れ渡る空に浮かんでいる。
だが、そんな周囲の変化よりも、目の前に広がる光景が史記たちの関心を奪い取った。
「気味が悪いな……」
そこに見えるのは、整然と並んだ石の塊。
墓石に似た形の石が崩れていた。
それが、何十、何百と、辺り一面を埋め尽くしている。
朽ち果てた墓地。
そんな言葉が似合っていた。
「お兄ちゃん。帰ろう……」
美雪がそう言うのも仕方がない。
柚希や香奈は無論、鋼鉄までもが顔を引きつらせていた。
(ゾンビでも出るのか?? 行きたくねぇ……)
出来ることなら、1階に戻ってお昼寝がしたい。
本気でそう思った。
だが、一応は進むと決めた手前、このまま帰るわけにも行かないだろう。
「うっし。行きますか!!」
そう気合いを入れて、右足を踏み出した。
そんな矢先、最前列の墓石に備えられていたロウソクに火がともる。
慌てて足を止めれば、2列目の墓石がロウソクの火に照らし出された。
だが、それ以外に何かが起きるような気配はない。
「……柚希。墓石とロウソクの鑑定って出来るか??」
「あっ、そうだね。…………ダメみたい。お墓とロウソクって出るだけだった」
「了解。とりあえず敵じゃないってことだな」
周囲に敵の気配も感じない。
ふぅー……、と息を吐いて、仲間たちと顔を見合わせた。
「周囲の状況に注意しながら行けるところまで行く、ってことで良いよな?」
「「「…………」」」
嫌そうな顔をしながらも、それぞれがうなずいてくれた。
「美雪もそれでいいか?」
「……うん」
誰よりも強い拒否反応を見せていた美雪も、一応はうなずいてくれる。
とりあえずは進むか。
そう思った矢先、不意に前方の地面が盛り上がった。
即座に柚希の指示が飛ぶ。
「鋼鉄くんは盾を、美雪ちゃんと香奈ちゃんがメインに攻撃してくれるかな?」
「了解した」「うぃうぃ~」
「……うん」
敵の姿が見えないため、とりあえずは遠距離攻撃の2人がメインで叩くのだろう。
1人だけ外された史記がそう思っていると、盛り上がった土の下から真っ白い腕が突き出てきた。
「ひぅ……」
美雪の息を飲めば、ガイコツの顔が土の上へと出てくる。
身長は160センチくらいだろうか。
廃校で見たものと同じように見えた。
そんなガイコツの様子を注意深く見るめる柚希を尻目に、香奈が矢をつがえる。
「やっ!!」
光の矢がガイコツの額に吸い込まれ、骨がパラパラと砕け散った。
呆気にとられる仲間たちを尻目に折り重なった骨に近付いた史記が、上に載った魔石に手を伸ばす。
「また消毒すればいいのか? って言ってもガスボンベないけどさ……」
苦笑をかみ殺しながら、香奈に向けて魔玉を投げ渡した。
わたわたと両手で受け取った香奈が、愛用の弓を2度叩く。
「廃校のガイコツたちも魔石を落としてくれた良かったのに……」
苦笑を返す香奈の手元から弓の中へと、魔石が消えていった。
そうして笑い合っていると、不意に服の裾に違和感を感じる。
慌てて目を向ければ、不安げな表情を浮かべた美雪が裾に張り付いていた。
「ん? どうした??」
出来る限り優しく声をかければ、美雪がピシリと腰にしがみつく。
「……おばけ、……じゃないの??」
「普通のモンスターだと思うぞ? この前も大量に倒したしさ。多分だけど、魔法の火で倒せるんじゃないか?」
普通の炎で倒せたのだから、出来ないはずがない。
そう言葉にすれば、美雪の表情が少しだけ和らいだ。
ダメ押しとばかりに、美雪の頭をポンポンとなでてやる。
「美雪が頼りだからさ。頼むな?」
「……うん!! 頑張る!!」
単純なのか、純粋なのか。
胸を張った美雪の顔に、笑みが浮かんだ。
そして少しばかり歩みを進めれば、またしても土が盛り上がる。
「美雪、出て来たぞ!!」
「う、うん……、えいっ!!」
這い上がろうとするガイコツ目掛けて美雪が魔法を繰り出せば、ガイコツが魔石に変わった。
「やっ!!」
香奈の矢も的確にガイコツの額を捉えて、片っ端から魔石に変えていく。
歩くたびにともるロウソクの火が気持ちを鈍らせたが、肝心の戦闘はモグラ叩きでもしているかのような状態だった。
そうしてゆっくりと歩みを進めていると、自分たちの体よりも大きなほおずきが目にとまった。
その後ろに見えるのは、入り口で見かける祭壇の姿。
「今までの経験からすると、あのほおずき、たぶん敵だよな?」
「おそらくな」
空飛ぶスライム、赤い岩に覆われた鳥。
今度は巨大なほおずきなのだろうか。
全員が顔を見合わせてうなずき合い、史記と鋼鉄、ペールの3人がジリジリとほおずきに向けて足を進めた。