3-37話 神との出会い
麻衣先輩の手を軽く握り、空いた左手でドアを掴む。
慎重に、音を立てないように。
指先だけを差し込むようにして、ほんの少しだけドアを開いた。
隙間から月明かりが漏れ、緊張が高まっていく。
麻衣先輩の手を握り直して心を落ち着かせ、左目を隙間にはわせた。
(…………)
息をする音すら殺して、中の様子をうかがう。
整然と並べられた椅子と机。
空っぽの棚に、掃除用具入れのロッカー。
怪しいものは、何もない。
(前の方か??)
焦る気持ちを抑えながら隙間に指を差し込んで、もう少しだけ開く。
ほんの少しだけ視野が広がり、教室の中央くらいまで見えるようになった。
(もう少し……)
そんな思いで、史記が再び指先に力を入れた。
――その瞬間、
史記の顔に影が差した。
(っぁ!!!!!)
目の前の扉が勢いよく開かれ、史記の視界を真っ白い布が覆う。
ヤバい!!
そんな思いが史記の脳内を占領した。
何が起こっているのか理解出来ないが、とにかくヤバい。
そう感じていると、2人分の悲鳴が上がる。
「「きゃぁ――――っ!!」」
発生源は、前と右。
甲高い音に耳を塞ぐ暇もなく、右手が後ろに引っ張られた。
体勢を崩された史記が、尻餅をつく。
(痛ッ!! 何が!?)
慌てて痛む腕を確認すれば、麻衣先輩の細い指に握られていた。
どうやら麻衣先輩に引っ張られたらしい。
史記がそう理解するのと同時に、麻衣先輩が史記の前へと体を滑り込ませる。
「いーや――――!!」
叫び声を上げながら、装着した短剣へと手を伸ばした。
皮の袋から抜き放って、正面へと斬りかかる。
切っ先が向かう先にあるのは、真っ白い服だろうか。
ポンチョのようなゆったりとした純白の上着。
その下に見えるのは、真っ赤な袴。
首もとには真っ赤なヒモが蝶の形に結ばれていた。
(巫女?? っ!?)
驚きに顔をあげれば、見知った顔が見える。
なじみのない服に身を包んでいるものの、幼さを残す表情でポニーテールを揺らすその姿は、どう見ても香奈だった。
「香奈!?」
史記が名前を呼べば、身構えていた香奈が目を大きく見開いた。
「にゃにゃ!? 美少女!?」
こちらに顔を向けて戸惑っている姿が、ダンジョンへの不法侵入を発見した時とダブって見える。
そんな香奈に、麻衣先輩が繰り出すナイフが迫った。
「ちょっ!! 先輩!!」
慌てて声をかけるが、麻衣先輩の動きは止まらない。
勢いを増したナイフが、香奈の腹部へと向かう。
刺さる!!
そう思ったとき、
「人とは誠、難儀よのぉ……」
もふもふの尻尾が、ナイフを遮った。
「キツネ??」
ナイフの先に割って入ったのは、尻尾が9つある真っ白なキツネ。
史記が不思議そうに見詰める先で、麻衣先輩が更にナイフを振るう。
「増え、増え、ふぇ―――!!」
叫び声を上げながら、一心不乱にもふもふの尻尾を切りつける。
どう見ても錯乱状態だった。
香奈のことも九尾のキツネのことも、おばけか何かだと思っているのだろう。
(香奈のところの神様って、九尾のキツネだったよな!? これ、絶対まずいよな!?)
背中にヒヤリとしたものを覚えながら、史記が1歩を踏み出す。
地面を蹴って麻衣先輩の背中へと近付き、抱き付くように手を伸ばした。
「ちょっと、麻衣先輩!! 落ち着いてください。敵じゃないですから!!」
本気で腕に力を込めて、麻衣先輩に抱き付く。
全身全霊で背後にしがみつく。
「ひゃっ!! ……え? 天使ちゃん??」
程なくして、麻衣先輩の戸惑った声が聞こえた。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください。この人たちは敵じゃないですから。俺の知り合いです」
「天使ちゃんの、知り合い……。おばけじゃ、ない??」
「そうです。友達です。だから落ち着いてください」
言葉と共にぎゅっと力を込めれば、麻衣先輩が力を抜いてくれた。
ホッ、と息を吐き出して前を向けば、首をかしげる香奈と、尻尾をたてがみのように大きく開いた九尾の姿が見えた。
真っ白な九尾のキツネは、どことなくお怒りに見える。
神の怒りに触れたように見える。
「ほう、我が巫女の友達とな。もしそれが本当なら、今回の件は水に流してやらんこともないぞ。娘たちよ」
慈悲の心を見せる九尾に続いて、香奈がコテリと首をひねった。
「ともだち?? カナカナの友達に美女2人もいたかな??」
開いた窓から入り込んだ風が、史記の太ももをなでた。
史記は、今、スカートである。
すいません、ちょっとの間、不定期更新になります。
最低でも一週間に1話は更新したいと思っています。
よろしくお願いします。