3-36話 静かな廊下
すみませんが、一言だけ書かせていただきます。
牧原のどか先生の御冥福をお祈りいたします。
((ん―――――――!!!!!!))
悲鳴をあげる麻衣先輩の口を史記が慌てて手で塞ぐ。
目を白黒とさせる麻衣先輩の耳に、顔を寄せた。
((ちょっと落ち着いてください。大声を出すとおばけがいっぱい集まってきますよ??))
((!!!!????))
耳元で小さくささやけば、麻衣先輩がコクコクコクと何度もうなずいてくれた。
静まりかえった校内で耳を澄ませば、何者かの歩く音が聞こえてくる。
コツコツと言う叩くような音と、カチャカチャと言う少しだけ滑る音。
モンスターなのか、肝試し中の人間か、はたまた幽霊か。
相手の予測は出来ないが、何者かが校内にいることは確かなようだ。
史記たちに与えられた任務は、その音の出所を探ること。
さて、どうするべきか。
そんな思いで麻衣先輩の顔を流し見れば、月明かりに照らされた瞳から静かに涙がこぼれていた。
麻衣先輩をこの先に連れて行くのは、あまりにも酷だと思う。
とりあえずの方針は決まった。
((ちょっとだけ様子を見てきます。麻衣先輩はここで静かに待っていてください))
1人で行って、見つからないように帰ってこよう。
そんな思いを胸に抱いてつぶやけば、不意に麻衣先輩が前へと進み出た。
((え??))
驚く史記を余所に、麻衣先輩が足を大きく開く。
((天使ちゃんは、私の後ろに、付いて、きたら、良いからね……))
小さな袋から鞘に収められた刀を取り出した麻衣先輩が、引きつった笑みを浮かべた。
大人としての矜持だろうか。
先輩としてのプライドだろうか。
手や足がガクガクと震えているにも関わらず、引くような素振りは一切ない。
涙がにじむ瞳には、決意の色が浮かんでいた。
(はぁ……、ほんと、頼りになる先輩だな)
思わず漏れそうになった苦笑をかみ殺して、史記が1歩だけ前へと歩み寄る。
震える肩に手を伸ばして、ポンポン、と叩き、優しげな微笑みを浮かべて見せた。
((とりあえず、敵にバレないように進みますよ?))
((…………うん))
手を差し出せば、少しだけ複雑そうな表情を見せた麻衣先輩が、素直に手を取ってくれた。
震える手の感触を感じながら、ふー……、と息を吐き出して気持ちを整える。
目を閉じて耳を澄ませば、遠くから聞こえている足音が、より鮮明に聞こえた気がした。
出所は2階だろうか?
左の上の方から聞こえて来る気がする。
((あっちでいいですよね?))
((……う、ん))
目を見詰めて問いかければ、何かを諦めるかのように瞳を閉じた麻衣先輩が、ゆっくりとうなずいてくれた。
覚悟は決まったけど、行くのはやっぱりヤダ。そんな感じに見える。
(ゆっくり行きますからね?)
(…………うん)
相変わらずグズる麻衣先輩の手を引いて、月明かりが差し込む廃校の中を進み始めた。
出来るだけ音は立てないように。
1歩1歩確かめるような速度で、腰をかがめて進む。
中央を歩くのは気が引けたので、壁際をゆっくりと。
影の中に溶け込むような気持ちで廊下を進み、階段を上って2階に出た。
コツコツと言う足音は、着実に近付いている。
確実にこの先にいる。
張り裂けそうな心臓を片手で押さえて、階段の出入り口から顔だけでのぞき込む。
月明かりに照らされた廊下は突き当たりまで見通せたが、敵の姿はどこにもなかった。
ホッとした気持ちと共に、史記の脳内に嫌な予想があふれ出す。
(本当におばけってことはないよな?)
そういえば、どことなく肌寒い気がする。
対して動いていないにも関わらず、全身から汗が流れ出している。
もしかすると、これが霊感と呼ばれるものなのではないか。
(とりあえず、何かがいることはわかった。それだけでも十分な成果だよな?)
律姉にそう報告しよう。
半ば本気でそんなことを考えていると、不意に前方から扉の開く音がした。
(っ!!!!!!!)
慌てて顔を引っ込て、壁に張り付く。
コツ、コツ、コツ、と誰かの足音が廊下に響いた。
カシャ、カシャ、コツ、コツ、コツ。
音の出所は2つ。
ゆっくりとだが、確実に近付いてきている。
心臓が早まり、汗が止めどなく流れ出した。
(どうする? どうする??)
そんなことを考えている間にも、足音が迫り来る。
確実に近付いている。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい!! …………ん??)
急に足音がやんだ。
自分の心臓の音だけが聞こえてくる。
(消えた?? やっぱり幽霊!?)
史記がそんなことを思ったのも、わずかな時間。
――ガラ、ガラ、ガラ、ガラ。
前方から扉の開閉音が聞こえて来た。
足音が少しだけ遠ざかり、扉の締まる音が聞こえた。
(どこかの教室に入ったのか……)
音を聞く限り、本当に近いと思う。
おそらくは壁を挟んだ向こう側だろう。
安堵と共にふぅ、と小さく息を吐き出せば、右手がぎゅっと握られた。
慌てて顔を向ければ、空いた手で刀を握る麻衣先輩の姿が見えた。
パニックを起こして隠れることしか出来なかった史記とは違い、麻衣先輩は迎撃の構えだった。
血の気の引いた青い顔。
目からはダラダラと涙が流れ出している。
だがそれでも、戦う意思だけは強く持っているように見えた。
そんな麻衣先輩を頼もしく思う。
(頼りになる先輩もいるし。とりあえず、姿くらいは確認すべきだよな……)
大きく息を吸い込んで、ふー……と吐いた史記が、青い顔をする麻衣先輩に視線を向けてうなずき合う。
細心の注意を払って廊下を進み、扉の前で動きを止めた。
コツ、コツ、コツ、コツ。
目の前にあるドアの向こうから、足音が聞こえて来る。
史記の心臓が、一段と大きく脈を打った。
公式生放送出演などがあり、執筆時間を確保出来ません。
申し訳ありませんが、2~3週間ほどは不定期での更新になります。
9月10日 19時30分スタート
『小説家になろう公式生放送』
http://ch.nicovideo.jp/s-narou
『なんか、妹の部屋に~』
の1シーンをプロ声優の2人が朗読してくださいます。
見ていただけるとうれしいです。