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3-34話 本気の装備

 肩で息をする律姉と共に、まばらに生える木々を抜ける。

 たどり着いた先は人気のない公園だった。


 足を止めると同時に膝に手をついた律姉が、顔をあげて周囲を見渡す。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。麻衣、は??」


「さぁ?? それよりも、ちょっと休憩した方が良いんじゃないか?」


「この、くらい、……問題ないわ。まだまだ、わかい、ん、だから……」


「……あいよ」


 どう見ても大丈夫じゃないのだが、走ることになった原因はどう考えても律姉なので自業自得だろう。

 とりあえずは反省の意味も込めて、本人の言葉を信じることにしよう。


 そんなことを思いながら史記が周囲に視線を向ければ、暗闇の中を走り来る人影が見えた。

 こちらに気付いたのか、大きく手を振っているように見える。


「せんぱーーーい!!」


 大声の中に、ガチャガチャと金属がこすれ合う音がした。


 銀色の胸当てに、金属製の肩パット。手首と太もも周りを守る防具たち。


 スポットライトのような街灯に照らされた麻衣先輩は、戦いに行く者の装いだった。


 きっと今身につけているものが、本気の装備なのだろう。


 そんな麻衣先輩の姿を確認した史記が、慌てて姿勢を正す。


「麻衣先輩、本日はよろしくおね――」


「きゃぁ――――!! 天使ちゃんがマジ天使ちゃん!!!!」


 本当に危険な仕事なのだろう、しっかり挨拶をしなければ。


 そんな史記の思いもむなしく、声をかき消すように麻衣先輩が叫ぶ。

 瞬時に加速したかと思えば、両手を広げて腰回りに飛びついた。


 だがそれは、前回会った時と同じ動き。


 ある程度予測していた史記が、回避のために地面を蹴った。


 1歩、2歩、3歩。


 続けてバックステップを踏み、麻衣先輩のタックルから体を遠ざける。


 一瞬前まで史記の体があった場所に、どて、ずしゃー、と麻衣先輩が転がった。


「痛ったぁ…………」


 小さくつぶやいた麻衣先輩が、キョロキョロと周囲を見渡す。


 そして史記と目が合うと、少しだけ驚いた表情を浮かべて見せた。


――その瞬間、


「むむっ!! 天使ちゃん、腕を上げたねー」


 ニヤリと微笑んだ麻衣先輩が、一瞬にして姿を消す。


「けど、私から逃れるにはまだまだ!!」


 不意に背後から声が聞こえた。

 振り返るよりも早く肩に柔らかいものが回され、花のような優しい香りが流れてくる。


 驚きと素肌の体温に戸惑っていると、麻衣先輩が耳元ではしゃぎ始めた。


「わっ!! やっぱり男の子なんだ。肩幅ひろーい!! 可愛くてかっこいいとか、マジ天使ちゃん!!」


 楽しそうな声と共に、回された腕に力が込められた。


 柔らかいものと固いものが史記の体を締め上げる。


「麻衣先輩。鎧がすっごい痛いです」


「わわっ!! そうだった、ごめんね」


 肩に回されていた手が消えて、身の拘束が解かれた。


 軽くなった体で後ろを振り向けば、少しだけしょんぼりとした麻衣先輩の姿が見える。


 事実関係だけで判断するならば、地面に倒れた状態から一瞬にして背後に移動したのだろう。


 周囲が暗いとは言え、一瞬で姿を見失うなど、最早人間業ではない。


(腕を上げたとか、どこがだよ。動き速すぎねぇ!?)


 史記自身、ダンジョンにも慣れて少しは強くなったかな、などと思っていた部分もあったが、どうやら先はまだまだ長いらしい。


「さすがですね。目でも追えなかったですよ……」


「あははー、ちょっと本気出してみましたー!! けど、本当にすごいのは天使ちゃん!! 可愛いし、かっこいい!!」


(……ほんと、律姉の周囲って変な人しかいないよな。素直に尊敬出来ないのはなぜだろう……)


 そうして史記が麻衣先輩に戸惑っていると、息を整えように見える律姉がゆっくりと麻衣先輩の方へ進み出た。


 綺麗な苦笑を浮かべながら、麻衣先輩の鎧へと手を伸ばす。


「少しは落ち着きなさい、って言ってるでしょ?」


 パン、パン、パンと、律姉の手が、麻衣先輩の鎧に付着した砂を払っていく。


 そんな律姉の行動に驚いたように、麻衣先輩が少しだけ身を引いた。


「わわっ!! 良いんですよ、先輩!! 仕事着なんで少しぐらい汚れてても」


「何言ってるの、ダメに決まってるでしょ。あなたは命がけの仕事をしているのよ? それに、どんな時でも綺麗に整えておくのが良い女の秘訣ね」


 軽く微笑んだ律姉が、楽しそうにウインクをして見せた。


「……そうですね!! ラジャです!!」


 勢いよく額に手を掲げて、麻衣先輩が答える。

 そうして肩を振るわせて笑い合うと、律姉が少しだけホッとしたような表情を見せた。


「それじゃぁ、お仕事よろしくね」


「ラジャです!! 天使ちゃんと一緒にザクザク倒してきますね。お土産、期待しててください!!」


 おもむろに小さな袋に手を入れた麻衣先輩が、ピンク色のカメラを取り出して首からさげる。

 満開の笑みを浮かべて堂々と胸を張った。


「天使ちゃんがいれば百人力ですからね!!」


「そうね、期待してるわ」


 どちらともなく出された手が、がっちりと握られた。


(いや、絶対カメラなんて要らないよな!? ……まぁ、写真撮影しておばけ退治とか、そんな感じのゲームあったけどさ)


「ってことで、よろしくね、天使ちゃん!!」


「あ、はい。えーっと? とりあえず横にいれば良いんですよね?」


「うん!! 天使ちゃんは戦わなくても大丈夫!! えーっと?? そう、見取り稽古!! そんな感じだよっ!!」


「……あー、うん。なんとなくわかりました」


 深くはわからないが、たぶん大丈夫だと思う。


「それじゃ行こっか!! 行ってきます、先輩!!」


「うん、気をつけるのよ?」


「はーい」


 鼻歌交じりに歩みを進める麻衣先輩に手を引かれて、目的地へと歩みを進めた。




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