3-33話 並べられた防具たち
そして迎えたおばけ退治の日。
予定時刻に律姉の部屋を訪ねた史記の前に、律姉が本日の防具を並べていく。
うれしそうな笑みを浮かべる律姉とは対照的に、思わず視線をそらした史記が天を仰いだ。
「なんだよこれ……」
そうつぶやいて視線を戻しても、並べられた防具に変化はない。
大きな襟が特徴的な上着に、紺色のスカート。
襟の下に巻き付けると思われる大きめのスカーフ。
黒のニーソックスに、真新しい艶のある靴。
「なんだよこれ……」
ため息と共に口をついて出た2度目の言葉に、防具を並べ終えた律姉がゆっくりと振り返った。
「見てわかるでしょ? セーラー服よ??」
「いや、うん。わかってるよ……」
はぁー……、と盛大なため息が史記の口から漏れ出た。
なんとなく予想は出来るが、とりあえずは聞いておこう。
「なんでセーラー服??」
「なんでって、学校に行くからに決まってるじゃない。ブレザーと迷ったんだけど、あそこって廃校になる前は中学校なのよね」
どうやらそういう言うことらしい。
セーラー服の入手経路が気になるが、聞いても無駄な気がした。
律姉の依頼を引き受けたのが昨日のこと。
このセーラー服は、いったい何時から出番を待っていたのだろうか。
そのうちバニーガールとかも出てきそうで、本当に怖い。
(ってか、これを着るのは俺じゃないだろ!! 美雪は絶対似合うよな。間違いなく。柚希はあれか? ブレザーの方がしっくりくる気かな。律姉は意外にセーラー服の方が似合う気がするな!!)
そんな現実逃避のような妄想を脳内で繰り広げていると、不意に律姉の真っ白な腕が伸びてきた。
「はい、脱ぎ脱ぎしましょうねー」
「…………」
抵抗することすら諦めて、素直に両手をあげる。
「にゅふふ、ふふふふ」
脱がされて、セーラー服を着せられる。
いつものウィッグを装着させられ、ナチュラルメイクと名付けられた化粧を施される。
「いいわー、やっぱり史記ちゃんは最高ね!!」
律姉の輝く笑みを眺めて精神を安定させているうちに、変身が終わってしまった。
これからセーラー服姿で外に出るというのに、前ほど抵抗を感じないのはなぜだろう?
俺はまた1つ、大切な何かを失ったのではないのだろうか……。
悲しむべきか、成長してしまったと嘆くべきか。
そうして史記が自分の心の変化に戸惑っていると、目の前に一冊の分厚い本が差し出された。
「……これは??」
「見ての通り英語の辞書ね」
「いや、まぁ、それはわかるけど」
素敵な笑顔に押されて辞書を受け取れば、頬を赤らめた律姉が一眼レフのカメラを構えた。
「史記ちゃんは、片思い中の先輩が落とした辞書を拾いました。先輩が振り返ります。はい、そこで先輩に手渡す!!」
「……は??」
「一度胸で辞書を抱きしめた後で、『先輩、落としましたよ?』。この流れね!! はい、やってみて!!」
「なんでだよ……」
突然始まった律姉の演技指導に、史記が頭を抱えた。
言いたいことはわかる。
萌えるシチュエーションだと言うのも、心の底から共感できる。
だが、何もかもがおかしい。
「なぜに寸劇!? ってか、集合場所に行かなくていいのか? そもそも俺じゃなくて律姉がやった方が可愛いよな!!」
特に最後の一言は、声を大にして言いたかった。
そんな史記の言葉を受けた律姉が、一瞬だけ驚いたように目を見開いて視線をそらす。
髪の隙間に見える耳が、真っ赤に染まっていた。
「あまりお姉さんをからかわないの。集合時間まではもう少し時間があるから、その間に撮影会をするのよ。わかったわね?」
「……撮影会、必要か??」
「当たり前じゃない!! 史記ちゃんの素敵な写真は、何を置いても後世に残すべき宝なのよ!!」
どうやら、どうしても撮影したいらしい。
はぁ……、とため息をついた史記が、表情を和らげて律姉の瞳を見詰めた。
「……先輩、おとしましたよ?」
「あ、うん。ありがとう……、じゃなかった!! カメラ、カメラ!!」
慌てふためく律姉が、カメラを構えてシャッターを切る。
「もう1回お願いね。拾って抱きしめてから渡すのよ??」
早めに終わらせよう。
その一心で、律姉のリクエストに応えていく。
結局はいつもの撮影風景だ。
「せんぱい、落としましたよ?」
「くふぅぅーーー!! 良いわ、最高よ!! それじゃぁ次は、先輩をお姉ちゃんに変えて見て」
「お姉ちゃん、落としましたよ?」
「いいわ、言い表情よ!! けど、もうちょっとフレンドリーな方が良いわね!!」
「……お姉ちゃん、落としたよ?」
「くふーーーーーー!!!!!!」
頬を赤く染めて身もだえる律姉に乗せられて、史記の演技にも熱が入っていく。
少しだけ複雑だが、美人に褒められて悪い気はしない。
ピロン、ピロン。ピロン、ピロン。
そうして撮影会を続けていると、不意に律姉の携帯が鳴り響いた。
「誰よ、まったくもー。お姉さん、今最高に幸せなのよ!? ……もしもーし?」
『あ、先輩。ちょっと遅かったから電話しちゃいました。今、どの辺にいます??』
「……ごめんねー。ちょっと遅れてるのよ。もうちょっとだから待っててくれないかなぁ?」
『わっかりました!! 先輩と天使ちゃんのためなら何時間でも待ちますよ!!』
大慌ての律姉に引っ張られて、史記ちゃんが夜の街へと飛び出して行った。