3-32話 天使の意味
手早く食器を片付けて、全員の前に豆大福と抹茶が並ぶ。
史記が席に着いたタイミングを見計らって、美雪が豆大福にかぶりついた。
「んーふーーー!!」
目を輝かせて、足をバタつかせる。
そんな美雪の様子に微笑んだ律姉が、少しだけ表情を引き締めて1人1人の顔を見渡していく。
「最近、山の上に幽霊が出るって話、聞いたことないかしら??」
眉をひそめて声のトーンを落とす律姉の言葉に、美雪の首が左右に大きく揺れた。
「んふ?? ん~…………、ぷはぁ。ユキ、聞いたことあるよ? おばけが襲ってくるぞー、ってやつでしょ??」
どうやらそのおばけは人を襲うようだ。
美雪の言葉を受けた柚希が、首を縦に振る。
「私も聞いたことがありますね。クラスの友達がそんな話をしてました。史記くんは?」
「あー、そういえば勝のやつが、美少女がどうのこうのって言ってた気がするな。色白だとかなんとか」
九割ほど聞き流してはいたが、今朝のことだからなんとなく覚えている。
幽霊相手に合コンがしたいとか、なんとか言ってたやつだ。
1人だけ毛色の違う史記の言葉に、律姉が眉をひそめて頭を抱えた。
「美少女?? ……愚かなる弟は何を言っているのかしらね」
「まぁそれは、勝だから仕方ないですね」
「そうね……」
はぁ、と2人の声が重なった。
目を閉じて頭を振った律姉が、表情を改めて顔をあげる。
真剣味の増したまなざしを史記に向けた律姉が、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「まぁいいわ。とりあえず愚かな弟は後で厳重注意しとくとして、幽霊の話ね。その幽霊を史記ちゃんに退治してきてほしいのよ」
「…………は??」
視線を向けた律姉は、真面目な表情を崩してはいなかった。
意味がわからないが、冗談の類いではないらしい。
「いやいやいや、おばけ退治とか、どう考えてもおかしくねぇ?? なぜに俺?」
もし話が行くとすれば、100歩譲って香奈のところだろう。
本当にいるらしい九尾のキツネ様と一緒に出動して貰うのが、妥当だと思う。
「それがね。幽霊の正体はダンジョンから出てきたモンスターなんじゃないか、って話があるのよ。でもって、場所が市の所有地なのよね」
つまり、市の責任問題になるから早急にモンスター退治をしたい。けが人、死人が出る前に対処したい。
そういうことなのだろう。
「市の重役とかが話あって、うちの課に話が来たまでは良かったんだけど。手が空いてて仕事を引き受けてくれそうな冒険者が麻衣だけでね」
麻衣。それは、土下座までして魔石を譲って欲しいと懇願してきた先輩冒険者の名前だ。
変人、いや変態ではあったが、冒険者としては普通に頼れる存在だったと思う。
少なくとも戦闘に関しては、自分たちよりも数段強そうに見えた。
そしてなにより、そこから自分たちのもとへ話が来るのかがわからない。
「なにか問題でも??」
割って入った史記の質問に、律姉が肩を落とす。
「あの子ね。幽霊とかおばけとか苦手なのよ。だけど、ほかの冒険者は全員出払ってて頼れる人は麻衣しかいない、ってことで頼んだんだけど案の定渋っちゃってね。
最終的に、『天使ちゃんと一緒なら行きます!!』ってことで話が落ち着いたの」
なんとも面倒な話だが、おおよそのことはわかった。
麻衣先輩の精神安定剤として側にいるだけでいい。そういうことなのだろう。
いや、なんで俺なんだよ!! と叫びたいところではあるが、律姉の周囲には変態しかいない。
部長しかり、勝しかり……。
麻衣先輩の言い分に関してこれ以上言及しても無駄だろう。
さて、どうしたものか。
そんな思いで腕を組み、頭をひねっていると、不意に隣から美雪の声が飛んだ。
「天使ちゃん??」
「ごめんね、お姉さんとしたことが間違っちゃったわ。その冒険者の人は、史記ちゃんと一緒になら行けるって言ってるのよ」
「ほへー。お兄ちゃん、信頼されてるねー」
「…………」
あまりにも自然に言われたために聞き流していたが、天使ちゃんと行きたいと言うからには、また女装をさせられるのではないだろうか??
率直に聞いてみたいが、美雪と柚希がいる前で聞くわけにもいかない。
兄はどこまでも頼れる存在でなければならないのだ。どう考えても女装がバレるのはまずい。兄の威厳に関わる。
だが、何も聞かない、というわけにも行かなかった。
「律姉、武器とか服装とかは? 何を使えばいい?」
「武器は普段通りのものを持ってきてくれたら良いわ。防具に関してはお姉さんが用意するわね」
今日1番の笑みを浮かべた律姉が、堂々と胸を張った。
服装を防具と言い直している辺りに律姉の優しさを感じるが、つまりはそういうことなのだろう。
さて、どうするべきか。
日頃お世話になっている律姉の頼みで、仕事自体は麻衣先輩に任せればいいから問題はないと思う。
麻衣先輩にも魔石のことを教えてもらったことに加えて、秘密にしてもらっている恩がある。
服装に関しては、……まぁ、今更だろう。
答えを決めた史記が、ため息を吐きながら律姉へと視線を向けた。
「わかった。引き受けるよ」
「ありがとう!!!!」
おもむろに立ち上がった律姉が、両手を広げて抱き付いてくる。
不意に頬に柔らかいものが押しつけられた。どうやら律姉の唇のようだ。
「なっ!!」
驚きで目を見開けば、頭に手が伸びて来て、良い子、良い子、と言われながら髪をなでられた。
ふふふ、と耳元から律姉の笑い声が聞こえる。
「予定は明日の夕方から。史記ちゃんはその前にお姉さんの部屋で打ち合わせね。いい?」
気が付けば、首を縦に振っている自分がいた。
「良し、史記ちゃんゲット。ってことで、美雪ちゃん。明日は史記ちゃんのこと借りるわね?」
「むぅー、明日はみんなでプールの予定だったのにー」
「ごめんね。埋め合わせにお姉さんが出来ることなら何でもするから、お願い」
「ん~、それじゃぁ、美味しいお菓子!! 律お姉ちゃんの手作りで!!」
「わかったわ。それじゃぁ、今度の土曜日はみんなでお茶しましょうか」
「さんせーー!!」
そういうことになった。