3-30話 天使と女神のお食事会
少しだけ冷めてしまったお味噌汁を温め直して、席に座る。
「いっただきまーす!!」
「あ、うん。……いただきます」
史記が席に座るや否や、笑顔を咲かせた美雪が箸を取った。
焼き魚に狙いを定めた美雪が、腕を伸ばして切り身をほぐす。
つややかな肩が、史記の目の前で揺らめいていた。
「んーひぃーー!!」
箸を口にくわえたまま、美雪が口角を上げる。
そんな美雪を見詰めた柚希が、優しそうに目尻を下げた。
「ふふっ。……私もいただくね?」
美雪に誘われるように、柚希が冷しゃぶサラダに手を伸ばす。
腕を揺らすたびに、水着からこぼれ落ちそうな胸が目の前で躍った。
少しだけ前かがみになった柚希の胸が、テーブルに触れている。
「あ、ごまのドレッシングなんだ。おいしいね」
シャキシャキと心地良い音を立てた柚希が、静かに微笑んでくれた。
(ありがとうございます。天使様。女神様)
水着姿の美少女が、うれしそうに食事を頬張っている。
らんらんと目を輝かせる美雪に、うっとりと目を閉じる柚希。
可愛い水着姿と相まって、最高に幸せな光景だった。
だが、なぜこうなっているのか、全くもって理解が及ばない。
あふれる肌色に目を奪われながら味噌汁をすすった史記が、元凶であろう天使に視線を向けた。
「美雪。いまさらだけど、なんで水着なんだ??」
「んゅ??」
お味噌汁のお椀に口を付けた美雪が、視線をあげて首をかしげる。
ん~、と悩むような素振りを見せた美雪が、冷しゃぶサラダを口に運びながら水着に覆われた自分の体を見るように視線を下げた。
「可愛いから!!」
箸を持たない左手を前に突き出した美雪が、満開の笑みと共に親指をグッと突き立てた。
「左様ですか……」
ある意味予想通りの答えに、不思議と苦笑が浮かんでくる。
要領を得ない美雪から視線をそらした史記が、柚希の方へと向いた。
ごはんを口に運ぶ腕の下に見える、こぼれ落ちそうな胸にむき出しのお腹。
自然と下に行きそうになる視線を必死にこらえて、柚希の瞳を精一杯見詰めた。
「やべぇ、やわらかそう……、じゃない!! えーっと、あれだ。なんだっけ。……そう、水着の理由」
「やわらか……」
もしかすると一瞬だけ下に向いたのかもしれない。
恥ずかしそうに胸元に手を当てた柚希の頬が、淡く染まる。
「えっとね。美雪ちゃんがどうしても着たいって言うから、私も……」
消え入りそうな声と共に、顔をそらされてしまった。
柚希が胸元に手を当てた影響で余計にこぼれ落ちそうになっているのだが、さすがにこれ以上の凝視はまずい。
血の涙を流さんばかりの決意で顔をそらした史記が、時折戻りそうになる視線を必死に美雪へと固定した。
こちらも柚希に負けず劣らず非常にけしからん魅力にあふれているのだが、恥ずかしがるような素振りはない上に、妹だから大丈夫だろう。
後ろから抱きしめたくなるのも、兄の愛故だ。
決してやましい気持ちはない。妹だから大丈夫。
そう何度も自分に言い聞かせた史記が、もう一度滑らかな素肌を目に焼き付けた後で口を開く。
「飯食った後で、プールにでも行くのか?」
「んゅ?? もうこんな時間だよ??」
「だよな。で? なぜに水着でごはん??」
回り回って冒頭に戻った史記の質問に、美雪が首をかしげる。
「お兄ちゃんへのお披露目?? 可愛いでしょ!!」
きゃっきゃと笑った美雪が、大きな口を開けてごはんを頬張った。
とりあえず、理由らしいものはないらしい。
買ったから着たい、今すぐ着たい。そんな感じなのだろう。
恥ずかしがっている割に着替えたいと言い出さないところを見るに、柚希もまんざらではないのかも知れない。
史記が脳内でそんな予想を立てていると、勢いを増した美雪が、あーん、と冷しゃぶサラダを豪快に口の中へと吸い込ませた。
「んーひーー!!」
口をもぐもぐとさせながら、美雪がほっぺたを押さえる。
片結びの髪がふらふらと揺れた。
「そりゃどうも。ってか、俺の分も残しといてくれよ??」
苦笑を浮かべながらそんな言葉を口にすれば、美雪が更に勢い付く。
「ふふーん。お兄ちゃんがゆずちゃんのおっぱいを見てる間に、全部食べちゃうもん」
「ふぇぁ!?」
突然放り込まれた美雪の言葉に、史記の心臓がドキリと跳ねた。
解放されていた柚希の胸が、再び手で隠される。
「いや、見てないです。見てないです。美雪のおなか……、いえ、何でもありません」
普通の食卓に、水着姿の乙女たち。
どう頑張っても視線は泳ぐ。
それにしても、お披露目会なのに見るなというのはどうなのだろうか。
だが、仮にこのお食事会が終わったあと逮捕されたとしても後悔はない。自信満々に本望ですと言える。
そんなことを思いながら、天使と女神の姿を堪能していると、
ピンポーン。
不意に、来訪者を告げるベルがなった。