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3-28話 夕食の席で

 淡路家に戻った史記が、鋼鉄と別れて夕食の準備をしていると、玄関の開く音がした。


 パタパタと廊下を走るような足音が近付き、ガチャリと音を立ててリビングの扉が勢い良く開かれる。


 ほどよく焼かれた鮭の塩焼きから視線をあげれば、予想通りに美雪の姿があった。


「お兄ちゃん!! よかった……、生きてる……」


 ほっとした表情を見せた美雪が、大きな紙袋を抱きしめて、へたり込むようにペタンと腰を下ろした。


 走ってきた影響だろうか。

 頬は薄らと赤みを帯び、髪の毛が少しだけ乱れている。


 大きな瞳には、小さな涙が浮かんでいた。


 そんな妹の態度に嬉しさを感じながらも、史記は出来るだけの平然を装う。


 妹がいないダンジョン攻略を心細く感じていたことや、美雪の顔を見てホッとした事実を出来るだけ心の奥底へとしまい込んだ。


 兄はいつだって頼られる存在であるべきだ。


 そんな思いを胸に、鮭を載せた皿を持ちあげた史記が、美雪のそばへと歩み寄る。


「俺が死ぬわけないだろ??」


 皿を左手に持ち替え、空いた右手を美雪の頭へと乗せてニヤリと笑って見せた。


「まぁ、美雪が後ろにいないダンジョンは、ちょっとだけさみしかったけどな」


 視線をあげる美雪の髪をクシャクシャと乱暴になでてやる。

 心なしか、頬の赤みが強くなった気がした。


「……もぅ、ほんと。お兄ちゃんって、お兄ちゃんなんだから……」


 消え入りそうな声と共に、美雪の瞳が再び下を向く。


(ちょっとやり過ぎたか? このくらいなら怒らないよな??)


 そんなことを思いながら、髪の乱れを少しだけ整えて手を離した。


「わるい、わるい。それで? 良い感じの水着はあったのか??」


 そう声をかけながら、テーブルの上に鮭を置く。


 ふと振り返ると、ドアの隙間から顔をのぞかせた柚希と視線があった。


「ん?? 柚希? 帰らなかったのか??」


 思わず声上げれば、そっと視線をそらした柚希が、照れたような苦笑を浮かべる。


 ゆっくりとした足取りで美雪の側へと歩み寄ると、恥ずかしそうに頬をかいた。


「お邪魔してます。ごめんね、美雪ちゃんに一緒に来て、って頼まれちゃって――」


「うにゃぁ!! ゆずちゃん!! それ、言わない約束!!」


 突然、ぐわっ、と音がしそうな勢いで振り返った美雪が、側に立つ柚希の膝をポコポコと叩く。

 視線を落とした柚希が、優しげに微笑んだ。


「ふふっ、ごめん、ごめん。だけど、大丈夫だったでしょ??」


「むぅ~……。ゆずちゃんもずっとソワソワしてたくせに~」


「え?? そんなこと……」


 ふて腐れたように頬を膨らませた美雪の言葉に、一瞬だけ目を大きく見開いた柚希が、顔を背けて淡く頬を染めた。


 ずっと慰め続けていた美雪から予想外の反撃を食らった、そんなところだろうか。


「柚希も俺の心配をしてくれてたのか?」


「あ、えっと、それは……、どうなのかな……」


 あは、あははー、などと誤魔化すように笑う柚希の言葉に適当に相づちを打ちながら、側を横を通り過ぎて、一度キッチンへと戻る。


 お茶碗にごはんを小さく盛り付けた史記が、再び2人のそばへと向かった。


「ついでだから柚希も一緒に食べてくだろ??」


「え? 勉強会の日じゃないけど、いいの??」


「もちろん。ってか、もう一匹焼き始めてるから、食べてってくれないと困るし」


 苦笑いを浮かべた史記が、わかりやすく肩をすくめて見せた。


 疑い深げな視線が柚希から返ってくるが、彼女が口を開くより先に美雪が動き出す。


「ごはん、ごはん!! 行くよ、ゆずちゃん!!」


「わっ!! ちょっと待って」


 勢い良く立ち上がった美雪が柚希の手を取り、柚希専用となりつつある席を目掛けて引っ張り出した。


「ごはん-、ごはんー」


 楽しげな笑みを浮かべる美雪に引かれながら、柚希が顔だけで振り返る。


 その瞳は相変わらずもの言いたげな雰囲気を醸し出していたが、気付かないふりをして台所へと向かった。


 柚希のことは美雪に任せておけば大丈夫だろう。


「さてと。追加でもう少し作りますかねぇ……」


 独り言をつぶやきながら冷蔵庫を隅々まで見渡す。


 残っているものは、キャベツともやし、豚肉、レタス、タマネギ……。


 手始めに鮭の切り身を取り出した史記が、脳内で追加のレシピを整えながら魚焼き用のグリルに火を付けた。


(まだ熱いし、すぐに焼けるだろ)


 鍋にお湯を注いで火にかけて、レタスをむいて、手でちぎる。


「いいでしょ? ゆずちゃん!! ちょっとだけ、ちょっとだけだから」


「……ほんとうに、ちょっとだけだからね??」


「うん!!」


 背後から聞こえてくる2人の声に浸りながら、とうもろこしの缶詰をゆっくりと開くのだった。


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