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3-27話 洞窟の中で

1巻の発売が近付いてきました。残り3日。

なんですが、早いところではすでに売り出されているとか。


書店などで見かけた際には、手に取っていただけるとうれしいです。



「はっ、はっ、はっ……」


 必死に空気を吸い込みながら背後に目を向ければ、入る前と変わらない洞窟の姿が見て取れた。


 どうやら大仏は追って来ないらしい。

 死の気配も感じない。


「す――、はぁ――……」


 肺がいっぱいになるまで大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

 額の汗を手で拭えば、安堵の表情を浮かべた鋼鉄の姿が視界に映る。


 そんな鋼鉄の表情を見ていると、自然に表情が緩むのがわかった。


「あれは無理だよな??」


 脳内に思い浮かべるのは、圧倒的な威圧感を放つ大仏の姿。


 ほんの少しだけ気持ちを引き締めながら質問を飛ばせば、鋼鉄の首が大きく縦に振られた。


「あぁ、不可能だろう」


 紡がれたのは肯定の言葉。

 少しだけ顔をうつむかせた鋼鉄が、続けて声を絞り出す。


「殺気を向けられるまで、強者の気配を読み取れなかった。どう考えても俺の判断ミスだ」


 盾を握る手に、力が込められている気がした。


 そうして自分を責める鋼鉄に対して、何でもないと言うように史記が首を横に振る。


「いやいや、違うから。俺も納得して行ったんだし。どう考えても鋼鉄だけのせいじゃないだろ」


 直前まで感じていた恐怖心を心の奥底に押し込めて、無理矢理作った笑みを鋼鉄へと向ける。


「とりあえず、ちょっとだけ休んで帰るか」


「そうだな」


 あの巨体がいる以上、これより先には進めない。


 プリン型の石まで戻って左に進むという選択肢もあるのだが、気力、体力共に限界だった。


 再び、ふー……、と長い息を吐き出した史記が、タケノコの灯籠が光る洞窟へと視線を向ける。


「……あいつ、出てきたりしないよな??」


「出てくるには洞窟が小さすぎる。問題ないだろう」


「だよな。……けど、まぁ、とりあえず、ちょっとだけ洞窟から離れとくか」


「そうだな」


 鋼鉄の同意を受けて、湖の側を戻り始めた。


 足が棒のように重い。今すぐここに倒れ込みたい。

 そんな感情を押し殺して、ゆっくりと歩く。


 大仏からの逃走は、予想以上に体を酷使したようだ。


(やっぱ、体力作りしなきゃダメかねぇ……)


 そんなことを思いながらゆっくりと洞窟から離れていく。


 そんな矢先。


「……ん??」


 不意に、史記の目が不思議な輝きを捉えた。


 それは、湖の中から飛び出す淡い赤色の光。

 疲れや恐怖を忘れて、史記の意識がその光に吸い寄せられた。


「鋼鉄。あれ、なんだと思う??」


 怪しげな光を見詰めて、史記が首をひねる。


 鋼鉄の様子をうかがいながらその光を指さしてみるも、鋼鉄の反応は鈍かった。


「……何がだ??」


「あそこに赤い光が見えるだろ?? あれ、なんだと思う??」


 そう伝えてみても、鋼鉄は不思議そうに目を凝らすばかり。


 2人並んで水辺に近付いて怪しげな光をのぞき込むも、鋼鉄はただ首をかしげるだけだった。


「悪いが俺には見えないようだ」


 ついにはギブアップのような宣言まで飛び出す始末。

 見つけられないというよりは、存在そのものが見えていないように思う。


(……光ってると思うんだけどなぁ?)


 自分は見えるが、鋼鉄は見えない謎の光。

 岸からの物理的な距離はそこそこあるが、水深はそこまで深くは見えなかった。


 膝くらいまでズボンをまくれば、ぬれずに行けると思う。


 疲れた体を引きずってでも行くべきだ、と直感が告げていた。


「ちょっと見てくる」


 裾をめくりながら宣言する史記の言葉に、鋼鉄が眉をひそめる。


「大丈夫なのか??」


 心配そうな表情を浮かべる鋼鉄に視線を向けて、堂々とうなずいて見せた。


「大丈夫だと思うぞ? 昨日は美雪たちがこの辺でバタバタしてたけど、モンスターの類いは出てこなかったし。

 けどまぁ、一応周囲の警戒を頼めるか??」


「……わかった」


 大きくうなずいてくれた鋼鉄の視線に見守られながら、靴を脱ぎ捨てる。


 裸足になった指先を湖に浸せば、心地良い冷たさが全身に駆け巡った。


(確かに、これは気持ちいいな。

 ……美味しいらしいよ、って言ってた魚はあれか??)


 自分が立てた水音に逃げる大きな魚を視線で追いかけながら、史記が湖の中へと入っていく。


 1歩。2歩。3歩。


 徐々に深くなる水に足を取られないように注意を向けながらゆっくりと進めば、たいした苦労もなく、赤い光の前にたどり着いた。


 目をこらして光の出所を探れば、どうにも水底にある小さな石から出ているように見える。


(石、ねぇ……)


 念のためにとの思いで、木の枝を使って一押ししてみる。


 水底に沈んでいた泥が舞い上がり一瞬だけ石の姿を覆い隠すも、変化としてはその程度。

 特別な何かが起こることはなかった。


(……まぁ、大丈夫だろ)


 思い切って水の中に手を伸ばせば、たいした抵抗もなく、小さな石が手のひらの中に収まった。


 ゆっくりとした足取りで岸へと戻り、道の上に石を置く。


 太陽の光を受けたその小さな石が、赤い光を反射させてキラキラと輝いた。

 そんな石を眺めた鋼鉄が、不思議そうに首をかしげる。


「魔石か??」


「たぶんそうだと思うんだけどな」


<迷い地蔵>が落とすものと比べるとひとまわりほど大きく、色も違うが、形や透明感は非常に似通っていた。

 だが、美雪も柚希も居ない今、それを確かめるすべはない。


「とりあえずは持って帰って、美雪か柚希に聞くしかないよな。下手に触るのもあれだろうし」


「そうだな」


 神妙な顔を向き合わせた2人が、静かにうなずき合った。


 ポケットから<収納袋>を取り出した史記が、赤く輝く石をその中へと仕舞う。


 裸足のまま、ふー……と息を吐き出した史記が、その場にゆっくりと倒れ込んだ。


「今度こそ、休憩な」


「わかった」


 史記を見習ってか、鋼鉄もドシリと腰を下ろす。


 そのまま夕暮れが迫るまでたっぷりと休憩を取った史記たちは、ゆっくりとした足取りで美雪の部屋へと帰るのだった。


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