表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/151

3-25話 妹が不在中に

 その日の放課後。


 史記と鋼鉄が、美雪の部屋に出来たダンジョンの3階へと足を踏み入れていた。


 いつものように淡く輝く霧が周囲を包むも、史記にとっては最早見慣れた光景。

 初めて三階に足を踏み入れた鋼鉄も、その足取りはしっかりとしていて、ブランクのようなものは一切感じない。


 そんな頼りになる男が隣にいることに心強さを覚えながらも、史記の脳内は全くの物事に埋め尽くされていた。


(こしあんと粒あんにしたら、たぶん怒るよな……。ダンジョン産で団子に使えそうなものって何かあったか??)


 それは学校から出る前に、美雪に言われたこと。


 水着の買い出しのお供を辞退する罰として『うぅ~。……お団子2種類、お兄ちゃんの手作りで許してあげる』などと言い渡されていた。


 ヨモギ、きな粉、醤油、みたらし。


 様々なお団子が史記の脳内を駆け巡るものの、しっくり来るものには巡り会えずにいた。


(こしあんは確定なんだけどな、美雪の好物だし……。ってか、あれか。美雪がいないのって今回が初めてになるのか……)


 思い返せば今日までずっと、美雪の部屋に出来たダンジョンに入る時には必ず、美雪が後ろにいた。


 口数の少ない鋼鉄といる影響もあってか、葉を揺らす風の音がひときわ大きく聞こえる気がする。


 美雪に捧げるお菓子のメニューに悩んだ覚えの少ない史記が、今日に限っては決められずにいるのも、そうした環境の変化も影響しているのかもしれない。


 そうして史記が最愛の妹に思いをはせていると、不意に鋼鉄の声が飛ぶ。


「来るぞ」


「ん? あ、あぁ、了解」


 大盾を正面に構える鋼鉄に促されて目をこらせば、霧の中を進む<迷い地蔵>の姿が見えた。


 薄らと光る霧の中に浮かび上がる、丸いシルエット。

 それは、いつも通りの3階の光景だった。


 だが、<迷い地蔵>との距離は、柚希がいる時と比べて明らかに近い。


<鑑定の眼鏡>の力を借りて状況把握に注力し続けていた柚希の索敵力は、すでに鋼鉄のそれを超えているようだ。


『史記くん、お願いね』


 などと言う声が聞こえないことをさみしく思いながら、史記が手のひらサイズの石を取り出す。


 その石を野球ボールのように握り締めると、地蔵目掛けて投げつけた。


 霧を割くように進んだ石が、<迷い地蔵>目掛けて飛んでいく。

 勢いを落とさずにお腹の辺りにぶつかると、コツン、という小さな音を周囲にもたらした。


 一瞬だけ動きを止めた<迷い地蔵>が、目から光を放ち、頭上に小さな水の玉が浮かび上がる。


 その様子を注意深く眺めた史記が、半身になって重心を下げた。


 そうしていつでも逃げ出せるように心の準備を整えていると、鋼鉄がひときわ大きな石を放り投げる。


 鋼鉄の手を離れた大きな石が<迷い地蔵>の頭上目掛けて放物線を描き、霧の中を進んで行く。

 そしてその勢いを保ったまま、水の玉の横を通り過ぎた。


「う゛ぇっ!」


<迷い地蔵>の頭上を大きく飛び越えた大きな石が、遠く霧の中へと消えて行く。


 予想外の事態に、史記の口から悲鳴が漏れ出し、心臓がドキリと跳ねる。

 事前の打ち合わせ通りならば、鋼鉄の投げた石が水の玉に当たっていたはずなのだ。


 慌てて腰をかがめた史記が、石を拾って投げ付ける。

 小さな石が空中をさまよえば、<迷い地蔵>の頭にぶつかった。


 カーン、という甲高い音が周囲に響く。


「っチ!!」


 悲鳴にも似た史記の舌打ちに呼応するかのように、<迷い地蔵>の目の光が強さを増す。それに呼応して、水の玉が膨らんでいく。


 半分ほどしかなかった水の玉が、顔と同じくらいになり、やがては<迷い地蔵>の肩幅よりも大きくなった。


 前方から迫り来る圧力に、手足が震える。


 無理に気持ちを奮い立たせた史記が、次なる石へと手を伸ばした。

 そして再び、水の玉目掛けて石を放り投げる。


――その瞬間、


 パシャリと音を立てた水の玉が、形をゆがませて<迷い地蔵>の頭上へと降り注いだ。


「わるい、手元が狂った」


 飛び込んで来た声に視線をずらせば、何かを投げ終えた体勢で鋼鉄が表情をこわばらせていた。


 どうやら史記が2個目を投げる前に、鋼鉄が石を投げて割ってくれたようだ。


 地面に開いた小さな穴と、その中に光る魔石を見詰めて、ふー……、と大きく息を吐き出す。

 そして小さく肩を振るわせた。


「まぁ、あれだ。ナイスフォーム。ちょっとびびったけど、結果オーライだろ」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる鋼鉄に向けて、そんな言葉を口にした。


 敵の攻撃を利用して倒すのであれば、自分たち2人だけでも倒せるのではないか?

 そんな思いつきにも似た鋼鉄の意見は、一応の成果を収めたと言っても良いだろう。


 美雪や香奈のようなスムーズさはないが、男2人であるがゆえに、多少の無茶も出来る。


「地蔵は倒せるってわかったし。もうちょっと先に行ってみるか?」


「そうだな」


 最悪、逃げ出せばいい。


 そんな思いを胸に、男2人が更に奥へと進んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ