3-23話 いざ、湖の中へ
ペールと手をつないで歩く美雪の背中を追いかけて、史記が緩い坂道を下る。
木の枝を握って周囲の様子をうかがうも、嫌な雰囲気は感じない。
チラリとペールに視線を向けたものの、彼女は楽しそうな笑みを浮かべたままで緊張しているような素振りはなかった。
どうやらこの近くにモンスターの類いはいないようだ。
その代わりに、湖に近付けば近付くほど、その美しさがヒシヒシと伝わって来た。
揺れる水面がキラキラと光を反射して美しく輝き、吹き抜ける風がひんやりとしていて気持ちが良い。
遠くから見下ろしていてもわかるほど水は透き通っており、霧を寄せ付けないこともあって、神秘的な様相を呈していた。
そんな水辺のほとりに生える大木を指さした柚希が、全員の顔を見渡して口を開く。
「みんな疲れちゃってるし、そこの木陰で休憩しよっか」
「え~、泳がないの??」
「それはみんなで話をしてからね?」
「……はーい」
柚希に手を引かれた美雪が、大木へと歩み寄る。
そんな美雪たちに習って、史記も大木に背中を預けて腰を下ろした。
吹き抜ける風が体から熱を奪い、心地良さに気持ちが和らぐ。
ふぅー、と一息入れれば、肢体から力が抜けていった。
木の葉のざわめきに、水面を揺らす波の音。
そこにはゆっくりとした時間が流れていた。
大木の幹に体を預けて顔をあげれば、視界いっぱいに木の葉が広がっている。
ここで目を閉じれば、ゆっくりと眠れる気がした。
「ペール。敵の姿はないよな??」
「はいなのです。泳いでも問題ないと思うですよ?」
「あー、うん、まぁ、そうだな。美雪のこと頼めるか?」
「もちろんなのですよ。ペールにお任せなのです」
ハッキリとうなずいたペールが、自慢げに胸を張った。
そんなペールの言葉に、美雪の瞳が輝いていく。
「ありがとー、ペールちゃん!! お兄ちゃん、行って良いよね!! 良いよね!?」
「いいけど、眼鏡かけて注意はしとけよ?」
「はーい!!」
言うや否や、服の裾を掴んだ美雪が、勢い良く衣服を脱ぎ捨てた。
そんな美雪に、ペールから注意が飛ぶ。
「入るときはペールと手をつないで行くです。抜け駆けはダメなのですよ?」
「あいあい」
下着姿の美雪がペールに向けて、敬礼のようなポーズをして見せた。
そんな美雪の態度に大きくうなずいたペールが、ためらうことなく服を脱いでいく。
ふわりとしたフリルのワンピースが下から脱げていき、腰を折ったペールの頭からすっぽりと抜ける。
ペールがぷるぷると頭を振れば、両サイドのツインテールがふわりと揺れた。
美雪と柚希が選んだ可愛い下着が白日の下にさらされ、史記の視線がマシュマロのような2つの果実へと吸い寄せられる。
どれだけ心を強く持とうとも、その魅力にあらがうことは出来そうもない。
「お兄ちゃん! 目がエッチ!!」
「いや、そんなことは……」
妹から注意されてしまえば、さすがに視線をそらさない訳にもいかなかった。
そうして渋々ペールから視線をそらせば、今にも脱ぎ出しそうな香奈と目が合った。
胸元のボタンはすでに外されて、下着が薄らと顔をのぞかせている。
「香奈も泳ぐのか?? ってか、脱ぐのか??」
「あー、うん、まぁ、大丈夫じゃない?? ここにはシキシキしかいないんだし、シキシキが気にしなければいいんだよ!!」
止める間もなく、香奈が上着を脱ぎ捨てた。
胸の大きさは美雪とペールの中間くらい。
すっきりとしたお腹が、香奈らしくて美しく見えた。
「それじゃ、行くですよ!!」
「ラジャー」「レッツゴー!!」
ペールを先頭にして、3人が湖へと飛び込んでいく。
木の枝を手にいつでも動き出せるように身構えるものの、何かが飛び出して来るなどと言うことはない。
膝の上まで水に浸った美雪が勢い良く振り返り、キラキラとした微笑みを浮かべる。
「気持ちいいよー。お兄ちゃんも来るー?」
腕を大きく振った美雪が、小さく飛び跳ねる。
バチャバチャと舞う水しぶきが、なんとも楽しそうに見えた。
相変わらずゆったりとした空気が流れ、ペールも気持ちよさそうな表情を浮かべながら水面に身を浮かべている。
「ユキユキー、こっち向いてー」
「んゅ? どうしたのー? うぷっ……!!」
香奈が両手で水をすくい上げて、美雪に浴びせかける。
ぬれてしまった前髪をかき上げた美雪が、楽しそうな視線を香奈へと向けた。
「もぉー、不意打ちとか卑怯なんだよ?? ペルちゃん、はさみ撃ち!!」
「はいなのです!!」
「わわ、ちょっと、それ卑怯。きゃ――」
美雪たちがバチャバチャと水辺を走り回り、水を掛け合ってキャッキャと笑う。
「お兄ちゃーん。綺麗なお魚がいるよー。焼き魚が美味しいんだってー」
「取れそうかー?」
「がんばる――!!」
美少女3人が笑い合う光景を眺めながら、大木の幹に背中を預けて、ふー……と息を吐き出した。
これだけ大きな音を立てていても、何者かが近寄ってくる気配はない。
予想以上にここは安全なのだろう。
そう思うと、一瞬にして力が抜けていった。
そんな史記の隣に、柚希が静かに腰を下ろす。
「みんな楽しそうだね」
「そうだな。柚希は泳がないのか??」
何気なく言葉にして視線を向ければ、顔を真っ赤に染めた柚希が恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
「…………史記君のえっち」
消え入りそうな声でつぶやいた柚希が、胸元を手で隠す。
感覚が麻痺してしまいそうになるが、彼女たちは下着姿で泳ぎ回っているのだ。
どう考えてもセクハラだった。
「あ、いや。そういう意味じゃなくて……、えっとだな……」
慌てて言い訳を探す史記の様子に、柚希が肩をふるわせてコロコロと笑う。
どうやら冗談だったようだ。
史記がほっと胸をなで下ろせば、柚希が妖艶な笑みを浮かべて史記の耳に唇を近づける。
「本当に見たいなら、見せてあげても良いんだよ?」
「ぇ……??」
目を見開いて柚希の方に視線を向ければ、勢い良く背中を向けられてしまった。
(いや、今のどういう意味だ!? ……すっげー見たいけどさ)
かける言葉も見当たらないまま、2人の間に沈黙が流れる。
だがそれは、居心地が悪いものではない。
幼い頃からの付き合いの課程で、柚希が返答を求めていないことはわかっていた。
2人が並んで、静かに水面を眺める。
遠くから聞こえる美雪たちの声が、心地良かった。
「えいっ!! むー、逃げられたー」
「ペルルン、そっち!!」
「任せるですよ!! たぁ――――!! ……ダメだったのです」
石で囲いを作ってその中に追い込んでみたり、木の棒と葉っぱを使って掬おうとしてみたり。
いろいろと試したものの、結局は1匹も捕まえられぬままに、辺りが夕日に染まってきた。
ふと、霧の壁を見上げれば、日が出ていた頃よりも強い光を放っているように見える。
これなら完全に日が沈んだ後でも、霧の光を頼りに探索することも可能だろう。
たが、そこまで頑張る必要もない。
「そろそろ帰るぞー」
「はーい」「うぃうぃー」「了解したのです」
冷えた体をタオルで温めた後で、真っ白な霧の中を美雪の部屋へと帰っていった。