3-22話 湖と水着
遮る物のない白い肌が、きらめいていた。
あまりの出来事に、史記の心臓がドキリと跳ねる。
そんな史記の心をあざ笑うかのように、美雪が湖に向けて走り出した。
「きゃぁーー‼」
「ちょっ……!!」
史記が慌てて手を伸ばすも、美雪の白い背中にはあと1歩届かない。
とっさに追いかけようとするが、驚きのせいで1歩目が出遅れた。
何度も言うがここはダンジョンの中。
初めて見る水辺ともなれば、何が潜んでいるか知れたものではない。
史記の脳内に悪い予想ばかりが浮かび、感情だけが先走る。
思うように手足が動かない。
(ヤバい、どうにかしないと!!)
気持ちが焦れば焦るほど、美雪の背中が遠ざかっていった。
そんな時。
「美雪様。落ち着くのですよ」
不意に、ペールの静かな声が聞こえた。
何気なく呟かれたような小さな声。風に乗るようなささやき。
その効果は絶大だった。
パタリと足を止めた美雪が、肩をふるわせて振り返る。
「お兄ちゃんが、ケガしちゃう……」
小さく呟いた美雪の視線が地面をさまよい、表情に影が落ちる。
『このままだと、庇った史記様が怪我をするのですよ』
それはテントの中でペールが口にした言葉。
うつむいた美雪の瞳には、後悔の色がにじんでいるように見えた。
だが、それも一瞬のこと。
「えへへ、失敗、しっぱい」
無理に作ったとわかる笑顔を見せた美雪が、<収納袋>から上着を取り出して胸元を隠す。
顔をあげて前を向いた美雪が、緩やかな坂道をゆっくりと戻り始めた。
走り出そうとした体勢のまま動きを止めた史記に対して、美雪が、キッ、と鋭い視線を向ける。
「お兄ちゃんのエッチ。あっち向いてて!!」
「あ、お、おう、悪い。……ん? あれ? 何で俺が怒られてんだ??」
「良いから早く!!」
理不尽なものを感じながらも美雪から視線をそらした史記が、静かに霧の壁を眺める。
どうにも釈然としないが、逆らうには形勢が悪過ぎた。
背後から聞こえる、服のすれる音。
シュルシュルと言う魅力的な音に、史記の鼓動が高鳴っていく。
(落ち着け、俺。大丈夫。冷静になれ、冷静に……)
心を静めようと試みるも、ときめきは大きくなるばかり。
先ほど見た下着姿と相まって、史記の脳内が肌色に染まっていく。
(美雪のやつ、下着の趣味、ちょっと幼すぎじゃね? まぁ、可愛いから良いけどさ。
……ちがうちがう、落ち着け。俺は何も見ていない、見ていない……)
そうして、艶姿に妄想をかき立てられていると、不意に美雪の声が飛んできた。
「終わったよ、お兄ちゃん。お待たせー」
振り向いた先に見えたのは、陰りの取れた美雪の笑顔。
落ち着いた雰囲気を醸し出す美雪が、優しい笑みを浮かべていた。
「お、おぅ……」
脳内にこびり付く肌色の記憶を必死に追い出すように、史記が首を大きく横に振る。
胸の高鳴りがバレないように視線をそらせば、美雪が1歩だけ前に寄った。
「お兄ちゃん、この後はどうするの?」
「……どうする、って言うと??」
出来るだけ平然を装って、落ち着いた声を出す。
勢い良く振り返った美雪が、湖を指さして胸を張った。
「泳ぐのか、泳がないのか!!」
晴れやかな表情を浮かべる美雪の瞳が、キラキラと輝いている。
どうやら泳ぐことを諦めた訳ではないようだ。
「……どうしても泳ぎたいのか??」
「うん!!」
まっすぐな瞳を向けた美雪が、うれしそうにうなずく。
もしも安全が確保出来るなら、泳がせてあげても良いと思う。
だが、それ以前に、1つの問題があった。
「水着は??」
何度も言うが、ここに水着はない。
当然とも言える史記の疑問に、美雪が腰に手を当てて頬を膨らませた。
「水着も下着も、大きな違いってないんだよ、お兄ちゃん!!」
もぉ~、お兄ちゃんはわかってないな~、と言わんばかりの表情を浮かべた美雪が、一寸の迷いもなく言い切った。
「いや、ついさっき恥ずかしそうにしてたろ??」
湧き上がってくる疑問を口にすれば、人差し指を口元に当てた美雪が、チッチッチ、と横に振る。
「ユキが泳ごうと思ったときは水着で、そうじゃない時は下着なんだよ??
下着姿を見られたら恥ずかしいに決まってるでしょ!!」
「……あ、うん。ごめんなさい」
美雪の強い言葉に、思わず言葉が詰まる。
そこには独自のルールがあって、史記が介入出来るような場所ではなかった。
確かに史記の目がら見れば、下着と水着の差なんてわからない。
見せても良い、悪いの判断は本人の意思に寄るもの、私が決める!! と言われれば、否定の言葉が出なかった。
「泳ぐ、ねぇ……。ペール、どう思う??」
「ペールも泳ぐのです!!」
「……は??」
返ってきたのは予想外の答え。
「ボクも泳ぎたいかもー」
「まじですか……」
香奈までもが美雪の意見に同調し、3人がキラキラとした視線を湖に注いでいた。
完全にアウェー状態である。
希望を託して柚希に視線を送るも、首を横に振られてしまった。
説得は無理だと思うな、と顔に書いてある
「……とりあえず、湖の側まで行くか」
「うん!! れっつごー!!」
そういうことになった。