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3-21話 まっしろな壁

 その日の放課後。

 史記たちは、ダンジョンの3階に足を踏み入れていた。


 鋼鉄は師匠との修行があるため本日も不参加になり、昨日と同じメンバーが史記の周囲を囲んでいる。


 鋼鉄の広い背中が見えないことをさみしく思うが、師匠との約束を断らせる訳にもいかなかった。


 小さいながらも頼りがいのあるペールの背中を追いかけて霧の中を進めば、たいした苦労も訪れないまま、プリン型の石の前へとたどり着く。


 T字路に見える分かれ道の中心で<迷い地蔵>と<お墓>の絵を眺めながら、全員が不安げに顔を見合わせた。


「どうする?? 右か、左か。香奈の意見は?」


「ボク?? ん~、右……、かな??」


 口に手を当てて悩むような素振りを見せた香奈が、小首をかしげながらも答えをくれた。

 その様子を見る限り、昨日のような自信はないように思える。


 だが、根拠こそないが、史記自身も右の方がよさそうに感じていた。


「ペールは??」


「ペールも右が良いと思うですよ。左はなんとなくダメな気がするのです」


 どうやら、ペールも同じような意見らしい。


 念のために美雪と柚希にも尋ねて見たが、「わかんない。ユキはどっちでもいいよ?」とのことだった。


「とりあえず、右に行ってみる、ってことでいいか??」


「うん!!」


 異議を唱える者もなく、ペールが先頭に立ってT字路を右へと曲がって行く。


 その先に続くのは、それまでと変わらない細い土の道。


 周囲を見渡せば雑多な木々が周囲を覆っていて、その隙間を霧が埋め尽くしていた。


 そんな代わり映えのしない風景の中を足下のぬかるみに気を取られながら進んで行く。

 すると不意に、まばゆい光が目に飛び込んできた。


「っ……!!」


 反射的に手を掲げて、前方からの光を遮る。


 目を細めて指の隙間から周囲を見れば、霧の姿が見えない。


「え……??」


 あまりにも突然の事態に、史記の脳内が真っ白になる。

 いくら目をこらそうとも、霧の姿は一向に見えては来なかった。


 ふと、後ろを見えれば、視界いっぱいに真っ白な壁があった。 


「なっ……!!」


 思わず口をついて出た言葉を飲み込んで、ゆっくりと息を吐き出す。


 目を見開いて注意深く眺めれば、おぼろげながらもその正体が見えてきた。


「霧、か……」


 それはずっと側にあった、霧の姿。


 厳密な境界線でもあるかのように霧が行く手を阻まれていた。

 その影響で巨大な壁のようなものが出来たがっていたのだ。


 地上ではあり得ないその光景に史記が首をかしげていると、霧の壁の中から柚希が顔を出す。


「なに、これ?」


 まぶしさで目を細めた柚希が、驚いた表情を浮かべながら地面をのぞき込んだ。


「霧はこの先に行けないってこと? なんで??」


「さぁ……? ダンジョンだから、じゃないか??」


「そっか。そうだよね」


 バカなこと聞いちゃった、とでも言いたげな笑みを浮かべた柚希が、恥ずかしそうに頬をかく。

 普段通りの柚希の態度に、史記がほっと胸をなで下ろした。


「変な影響とか、体調が悪いとか、そんなことないよな??」


「うん。びっくりして心臓がドキドキしてるけど、不調とかは感じないかな」


 両手を広げた柚希が、自分の体を見下してくるくると回る。


 つられるように史記も自分の体を見詰め直すが、やはり体調の変化は感じられなかった。


 強いて言うならば、当たる日差しが強くなった程度だろう。


「んゅ? どうしたの、お兄ちゃん?? ぅぉー‼ なにこれ!?」


「霧だと思うんだけどさ……」


「霧!?」


 中から美雪たちが出てくるのを待ってから、恐る恐る壁のほうへと史記が手を伸ばす。


 指先が壁に触れるものの、抵抗らしきものは感じない。

 境界線も曖昧なまま、指先が壁の中へと入っていった。


 境界線を越えたと思われる部分が高い湿気を感じたが、変化などその程度だ。

 引き抜いた手にも変わったようなところはない。


「問題はないな。普通に行けるから、帰り道に困るとかはないと思う」


 どうやら本当に害はないようだ。


 ほっと安堵の息を吐き出す史記の隣で、美雪がその大きな瞳を輝かせる。


「すごいねー。ユキたち、この中にいたんだー」


 止める間もなく、ぴょん、と霧の壁へと飛び込んだ美雪が、顔だけを外に出した。


 うれしそうな笑みを浮かべた生首が壁から生えているように見えて、なんとも言えない光景が浮かび上がる。


 そんな美雪を見習って、史記が1歩だけ壁の中へと入ってみる。


 真っ白な霧の壁に顔を押しつければ一瞬で周囲が暗くなり、全身が気持ち悪いほどの湿気に包まれた。


 境界線から外へと1歩出れば、遮るもののない日差しが史記の体に降り注ぐ。


「……理屈がさっぱりわかんねぇ」


 首をかしげて柚希たちへと視線を送るも、返ってくるのは苦笑いばかり。

 この不思議な光景に対する答えなど、誰も持ち合わせていなかった。


(……考えても無駄か)


 ここはダンジョンの中。現象の解明など、不可能に近い。


 浮かび上がってくる疑問を心の片隅へと押し込めて、意識を前方に向ける。


 道の先に広がっていたのは、緩い下り坂の奥に続く湖。

 その周囲には、大きな洞穴が開いた崖が高々とそびえ立っている。


 コバルトブルーに輝く湖が、降り注ぐ太陽の光を反射してキラキラと輝き、空高く伸びた崖が湖をせき止めるかのように周囲を囲う。


 史記たちが歩んできた道は、湖を沿うように進み、崖に開いた洞穴の中へと進んでいるように見えた。


「洞窟か……」


 行く手を見据えた史記が、チラリと手元の時計へと視線を落とした。


 時刻は4時を少し回ったところ。


 夕暮れまでには、もう少し時間がありそうだ。


「どうする??」


 洞窟の様子をうかがいながら問いかけた言葉に返ってきたのは、美雪の楽しそうな声。


「泳ぐ!!」


「はぁ!?」


 予想外の答えに振り向けば、美雪の視線がコバルトブルーの湖へと注がれていた。


 どう見ても、本気で言っているように思える。


「いや、水着、ないだろ?」


「泳ぐの!!」


 どうしても泳ぎたいらしい。


 高い湿度の場所を歩き続けて見つけた、涼しげな湖。

 確かに泳ぎたくなる気持ちもわかるが、ここはモンスターが出没するダンジョンの中である。


 あまりにも無防備過ぎるだろう。


 それに、いくらペールの収納が優秀だと言っても、さすがに水着は持ち合わせていない。


 さて、どうやって納めようか。


(和菓子なんて持って来てないよな。どうする?? なにか、気の引けるもの……)


 周囲を見渡す。

 ペールが収納している物のリストを思い浮かべる。


 必死に上手な手を考えるものの、とっさには出てきそうもない。


 そうして史記が必死に頭を悩ませていると、不意に美雪が動いた。


「わーーぃ!!」


 裾に手をかけた美雪が、身をよじらせて上着を脱ぎ捨てる。


 スカートのファスナーが開かれ、あっという間に足下へと落ちた。


 小さなリボンが付いたスポーツブラと白いパンツ。

 照りつける太陽が、美雪の白い肌を輝かせた。


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