3-20話 魔石のある昼休み
月曜日の昼休み。
学校の食堂に男3人の姿があった。
本日の日替わりランチは、デミグラスソースのオムライスとアジのフライ。
味噌汁と大盛りのご飯が付いて、ワンコインに届かないのだから、最高と言うほかない。
史記がサクサクの衣に包まれたアジのフライを軽快な音を響かせて頬張っていると、向かいに座る勝から言葉が飛んできた。
「それで?? その魔石ってやつ、本当に出てきたのか??」
おそらくは律姉から聞いたのだろう。
周囲を気にして小声なところを見ると、深い内容まで聞いていると思われた。
ふわふわのオムライスをたっぷりのソースに絡めてひとくち頬張ってから、勝の方へと視線を向ける。
「あったよ。ってか、いま現物を持ってるよ」
史記が内ポケットに手を伸ばして、<収納袋>に指先を入れる。
中を探るまでもなく、指先が滑らかな石の表面に触れた。
「おい。いいのかよ?」
慌てた様子で、勝が周囲に視線を向ける。
昼間の食堂は同級生や先輩たちであふれかえっており、秘密の話をするには不適切と言わざるを得ない。
だが、勝の忠告を無視するように、史記が魔石を引っ張り出してテーブルの上へと転がした。
「大丈夫だって。どう見てもあめ玉かおもちゃの宝石にしか見えねーから」
下手にこそこそしていると無駄に勘ぐられる。むしろ堂々としていた方が、注意を引かなくて良い。
それが史記の持論だった。
「……まぁ、確かに。誰も魔石なんて見たことねーし、すげーでけーから、おもちゃの宝石って言われれば信じるかもな」
「そーゆーこと」
自分が通う学校に、一流の冒険者が土下座をしてでも欲しがるお宝を持ち込んでいる者がいるなどと、誰が思うだろうか。
納得したような素振りを見せる勝の手から、ヒョイ、と魔石を取り上げて鋼鉄の前へと転がす。
カツ丼を頬張る手を止めた鋼鉄が、興味深げな視線を魔石へと注いだ。
「ペールが食べたやつだな?」
「あー、そういやぁ、言ってなかったかもな。
律姉に紹介して貰った先輩冒険者に聞いた話なんだけどさ。希少性の高い石で、武器や道具なんかをレベルアップさせるものらしい。
マスコミとかにバレたら面倒なことになるから、よろしく」
「了解した」
魔石を拾い上げた鋼鉄が、指先でつまんでマジマジと見詰める。
ふわふわのオムライスをもうひとくち頬張った史記が、更に言葉を続けた。
「でな。それをお前の盾に使ってみて欲しいんだよ。
律姉に聞いた話なんだけどさ。武器を修復する効果もあるらしいから、たぶん直ると思うんだよね」
一瞬にして表情を曇らせた鋼鉄が、脇に置かれている通学鞄へと視線を落とした。
うれしさと申し訳なさが入り交じったような視線が向かう先には、上半分が溶けた大盾が収納されているのだろう。
「それとな。ほい、これ。3階の宝箱の中から出てきたもので、ダンジョン産のものをザクザク収納してくれるものらしい。
とりあえず今のところは大丈夫なんだけど、今後は剣とか持ち歩くことになると思うからさ。
盾とか武器なんかはこの中に入れとこうぜ、ってことになった」
「……いいのか?」
「あぁ、人数分あるからさ」
「わかった」
重々しくうなずいた鋼鉄が、小さく収納した盾を鞄の中から引っ張りだして、魔石と一緒に<収納袋>の中へと放り込んだ。
どう見ても<収納袋>より大きな盾が、スムーズに吸い込まれていくその光景に、勝が目を輝かせる。
「すっげー、魔法かよっ!! それがあれば、エロ本にエロゲー、同人誌なんか、隠し放題じゃんっ!! 等身大の嫁と一緒に通学出来んじゃねぇ!?」
椅子から立ち上がった勝が、拳を握り締めて吠える。
周囲の目を気にする素振りは、カケラもなかった。
欲望にまみれた瞳を史記へと向けた勝が、嬉しそうに手を出す。
「くれっ!!」
「いや、やらねーよ」
浮かんでくる苦笑いをかみ殺した史記が、勝の手をはたき落とした。
ペシ、という心地良い音が鳴り、勝が不服そうな視線を史記へと向ける。
仲間はずれと言うわけではないが、人数分しかないため、勝にあげる訳にはいかない。
そもそもが、使い道が自分の欲求に正直過すぎるめに、女性陣に説明のしようがなかった。
「新しく見つけた時か、自分で作れた時にやるよ」
「絶対だぞ!! 俺とフェヌメノンちゃんとの仲はお前にかかってるんだからなっ!!」
「へいへい」
どうやらこの男。彼女とエロ本と同人誌を1つの袋の中に詰め込むつもりのようだ。
最早どこからツッコミを入れて良いのかもわからないので、とりあえずはスルーしておくことにしよう。
バカから視線をそらした史記が、体ごと鋼鉄の方へと向き直る。
「盾が直って修行が終わったらで良いんだけどさ、ちょっとだけでも出てきてくれねぇか? やっぱ、お前がいないと正直苦しいんだわ」
土曜日、日曜日と3階に入ってみて、前衛の少なさは正直こたえた。
敵の攻撃を正面から受け止められる鋼鉄の存在はやはり大きかった。
だが、そんな史記の正直な申し出に、少しだけ視線を落とした鋼鉄が静かに首を横にふる。
「人数の件がある。俺は遠慮しよう」
なんとも鋼鉄らしい端的な言葉に、史記が慌てたように言葉を付け加える。
「悪い、言い忘れてた。香奈のやつが言ってたんだけどさ。神力を使って結界を張れば、自分の分は大丈夫になると思うとか、なんとか」
それは日曜日の帰宅後に、お風呂の中で美雪たちが聞き出した情報。
「……どういうことだ?」
「つまりは、あれだ。柚希と同じ扱いになって、人数制限にひっかからなく出来るんだってよ」
本人曰く、巫女としてのパワーを使えば楽勝らしい。
「そうか……」
思案顔になった鋼鉄が、盾を入れた袋へと視線を向けた。
少なからず迷っているように見える。だが、その表情は決して良いものとは思えなかった。
重苦しい沈黙が流れる。
見かねたように小さくため息をついた勝が、諭すような口調で鋼鉄へと言葉を投げかけた。
「武術家とかその辺の矜持はわかんねーけどさ。盾って守ることが使命だろ?
確かに壊れたかも知れねーけど、直ったならまた戦いの場に出たい、ってのが盾の正直な気持ちなんじゃねーの? 文字通り身を盾にして主を守れたんなら本望だ、って感じてると思うぜ?」
「盾の存在意義か……。そうかも知れんな」
瞳から迷いの色が消え、鋼鉄がゆっくりとうなずく。
ダンジョン産の武器ならいずれ喋りだすかとしれねーぜ? 盾娘は巨乳だよな!! などと他愛もない会話をしているうちに、お昼の時間が過ぎていった。