3-19話 隠し通路
隠されていた道をしばらく進んでいると、道の中央に鎮座する銀色の宝箱が見えて来た。
宝箱の向こうには木々が生い茂り、それ以上は行けそうもない。
どうやらここが、隠し通路の最終地点のようだ。
目立つように置かれている宝箱の大きさは、入り口で見た木箱と同じくらい。
その作りは、どう見てもこちらの方が頑丈そうに思える。
宝箱の前には、銀色の鍵が地面の上に転がっており、開けてくださいと言わんばかりだった。
「柚希、罠とかって大丈夫だと思うか??」
「ん~、<鑑定の眼鏡>の情報に、罠関係はないみたい」
ダンジョンで見つかる宝箱と言えば、そこに設置されている罠の存在が有名だろう。
試しに聞いてみたものの、眼鏡のレベルが足りないのか、そもそもないのか、柚希にはわからないそうだ。
「香奈。何かわかったりしないか?」
「ん~、なにもない気がするねー」
「ペールは??」
「ペールも、罠はないと思うですよ」
巫女の勘、野生の勘。その両方が大丈夫だと言っている。
ついでに言えば、史記自身も嫌な気配は感じなかった。
「……開けるか」
明確な答えはないが、なんとなく大丈夫そうに思える。
何より、宝箱を前にしておいて、開けない、などと言う選択肢はなかった。
中身に対するわくわくと、未知のものに対する怯えを同居させながら、史記が、1歩前へと進み出る。
「みんなはちょっとだけ離れててくれるか?」
「……気をつけてね、お兄ちゃん」
不服そうな表情を浮かべながらも、美雪たちが道の端へと寄ってくれた。
全員を守るように、ペールが1歩だけ前へ出ている姿を横目に見ながら、銀色の宝箱へと近付く。
宝箱の側面へと回り込み、腕だけを前へと回した。
何かが飛び出してきても当たらないように、体を蓋よりも深く沈める。
「開けるぞ?」
背後へと言葉を投げかけて、銀色の鍵を拾い上げる。
ひんやりとした金属特有の冷たさを感じながら、ゆっくりと鍵穴へと差し込んだ。
カチャン。
錠の開く音が聞こえると同時に地面を蹴り上げて、体を後方へと飛ばす。
2歩、3歩と、距離を取った史記が視線をあげれば、蓋ががひとりでに開き始めた。
ぎぃぃぃぃ、と金属がこすれる音を響かせて、ゆっくりと蓋が開いて行く。
開いた隙間から、薄らとした光が漏れていた。
固唾をのんで見守る史記の前で、カタン、と音がするまで蓋が開き、漏れ出した光がゆっくりと消えて行く。
怪しく光ったことに少しだけ驚いたものの、それ以上、何かが起こるような気配はなかった。
「…………大丈夫、そう、だな」
早くなった心臓を落ち着かせるように、史記が深く息を吐き出す。
動きだそうとする美雪たちを手で制して、ひとり、宝箱へと近寄った。
用心のために木の棒を正面に構えて、ゆっくりと宝箱の中をのぞき込めば、色とりどりの布地が史記の目に映り込んで来る。
紫色のボーダー模様に、青色の水玉、黒一色。
ハート模様が描かれたものと、クマを連想させる茶色い起毛のもの。
宝箱の中には、手のひらよりも少しだけ大きな巾着袋が5つ収まっていた。
(何も起きないか……)
ほっ、と息を吐き出し、美雪たちを手招きで呼び寄せる。
「柚希、鑑定よろしく」
「あっ、そうだね。ちょっと待って」
巾着袋としては胴体部分が異様にスレンダーで、物はそれほど入りそうに見えない。
(部長が持ってたやつだよな? たぶん)
見覚えのある袋のようすに、史記があたりを付けていると、予想通りの答えが柚希の口から伝えられた。
「名前は<収納袋>。見た目以上に多くのものが入って、ダンジョン産のものの保存に必須なアイテムなんだって」
それはFランクの試験の時に、部長から作るのを進められたもの。
ペールがいるから急ぐ必要はないよな。などと放置していたが、ここに来て人数分が手に入ったようだ。
「ユキはハートのがいい!!」
言うが早いか、ハート模様が描かれた収納袋を美雪が拾い上げる。
バーゲンセールのカゴよろしく、女性たちが箱の周りに集まりだした。
「あ、人数分あるんだ。じゃぁボクは、このもこもこのやつかなー。ユズユズは水玉が似合うと思うよ?」
「そうなのかな? それじゃぁ私は、水玉にしておくね。ペールちゃんは??」
「ペールは自前のがあるからいいのです。ボーターは史記様。余った真っ黒は、鋼鉄様にあげるです」
あれよあれよと言う間に分配が決まり、史記の手の中に紫色の収納袋が収まった。
ものは試しと口を閉じる紐を解き、木の枝を突っ込んでみる。
3倍ほどの長さがある木の棒が、みるみるうちに吸い込まれていった。
どれだけの量が入るかはわからないが、当面は各自の武器さえ収納できれば問題ないだろう。
木の枝を取り出した史記が、<収納袋>をポケットの中にねじ込んで、周囲に視線を向ける。
来た道以外はすべてが太い木々で覆われており、先に行けるような場所はないように見えた。
「香奈、この先に道ってあったりするのか?」
「んー? あ~、ちょっとまってねー。
ん~……、ない、かな?? うーん、たぶんないよー」
悩みながらも、うなずいてくれた。
どうやら本当にここが最終地点のようだ。
チラリと手元の時計に目を落とせば、時刻は午後3時を少し回ったところ。
「今日の成果はこれ、ってことで、一旦引き上げるか。結構疲れたし」
「そうだね。そうしよっか」
「帰ったらみんなでお風呂入ろー!! あっ、お兄ちゃんはダメだからね」
「わかってるよ」
それぞれが収納袋をポケットに仕舞って、来た道を引き返していった。