3-17話 適材適所
「魔石ゲットー。はい、シキシキの分」
フリスビーをキャッチした犬のような雰囲気で、見えない尻尾をフリフリとさせた香奈が駆け寄ってくる。
何もせずに見ているだけだった事実に加え、女性から貢がれているような背徳感を覚えるが、ここで断るのも不自然だろう。
「あ~、うん。サンキュー」
適材適所、適材適所。
柚希から言われた言葉を脳内で繰り返したながら、魔石を上着にぶつけた。
コツンと、服越しに固い感触が肌に伝わり、表面から溶け出すような感触を残して、手の中から魔石が消えていく。
体全体が光に包まれたかと思えば、爽やかな風が流れを感じた。
ダンジョンの3階に入ってから初めて感じる気持ちよさに、自然と史記の目尻が下がる。
「確かにこれはすごいな。新品って言うより、高級素材に生まれ変わった、って感じじゃないか?」
ジャンプをして、屈伸運動をして、軽く木の枝を振ってみる。
伸縮性やフィット感、通気性。
何もかもが向上しているように思えた。
ちなみに1番気に入ったポイントは、動くたびにふわりと感じる石けんの香りだった。
無論自分の話ではない。
先に進化を済ませた香奈、美雪、柚希、ペールの話だ。
1人1人、少しだけ香りが違う、という点も付け加えておこう。
控えめに言って、服の進化は最高だった。
「これでシキシキもOKっ!! 残ったこの子はテッツンの分!! ってことで、ペルルン、これよろしくねー」
「はいなのです」
相変わらず、見えない尻尾をフリフリとさせる香奈が魔石をペールに渡し、ペールが魔石を握り込む。
3階のモンスターの数は、1階以上2階未満、と言ったところで、比較的早く人数分の魔石が集まっていた。
「美雪ちゃん、香奈ちゃん、もう1体来るみたい」
「うぃうぃ~」「は~い」
先の見えない霧の中を道に沿って進み、遠距離攻撃担当の2人が<迷い地蔵>をサクサクと倒す。
本日6個目となる魔石を拾い上げた香奈が、くるりと体を回し、柚希の方へと視線を向けた。
「服はこれでOKだよね? 次はどうするー?」
「う~ん。香奈ちゃんの武器に使ったらいいんじゃないかな? 美雪ちゃんの魔導書には使えないみたいし……」
能力の向上を図って、服に使い続ける、という選択肢もあるのだが、柚希としては武器の方を優先したいようだ。
確かに、服という未知数の物に使い続けるよりは、武器の方が予想が付けやすく、今後のことを考えると良い選択だと思う。
だが、そんな柚希の意見に、香奈が待ったをかけた。
「ボクの武器よりも、ユズユズの眼鏡を進化させた方が良いんじゃない?? 情報って大切だよ??」
「確かに眼鏡を貰ってからは指示も出しやすくなったから、香奈ちゃんの言いたいこともわかるけど……」
少しだけ悩むような素振りを見せた柚希が、史記と美雪へと視線を向ける。
そんな柚希の背中を押すように、史記が口を開いた。
「俺も柚希の眼鏡優先で良いと思うぞ?」
「ユキもそう思うー」
予想通りなのか、予想外の答えだったのか。
史記たちの返答を聞いた柚希が、顎に手を当てて、ん~、と悩ましい声をあげた。
「それじゃぁ、香奈ちゃんの武器と私の眼鏡で半分ずつ、ってことでどうかな?」
「まぁ、どうしても急ぐって訳じゃないし、良いんじゃないか?」
「いいと思うー」
「うん。ごめんね。ありがとう」
柚希の性格故か、結局はそんな判断で落ち着いた。
「2体来るみたい」
「うぃー」「らじゃー」
緊張感のカケラも感じない戦闘を繰り返しながら、魔石を弓と眼鏡に吸収させていく。
「にゃにゃ!!」
茶色かった香奈の弓が、赤く染まり、持ち手に金色の装飾が施された。
少しだけ狙いやすく、軽い力で撃つことが出来るようになったらしい。
「わっ」
柚希用の眼鏡の方は、見た目こそ変化していないが、映し出される情報の量が増えた。
そのおかげで、美雪の放った魔法がかき消される理由も判明した。
どうやら<迷い地蔵>は、魔法に弱いものの、1時間に1度だけ魔法を無効か出来るモンスターらしい。
試しとして、美雪が立て続けに魔法を放ってみたところ、2個目の火の玉が石の胴体にぶつかり、火柱をあげて燃え尽きていた。
着実に強くなる装備品を頼もしく思いながら、ぬかるむ道を進む。
「ちょっと止まるですよ」
突然足を止めたペールが、少しだけ困ったような声色をあげて、小首をかしげた。
見えてきた道の先には、左右に分かれる道と、プリン型の大きな石。
3階に来てから初めての分かれ道だった。