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3-16話 戦闘の箇所

 翌日のお昼過ぎ。

 昨日と同じメンバーが、霧の中を進んでいた。


 足下は相変わらずじっとりと濡れていて、肌を濡らすような湿度が気分を下げる。


 気温自体はそれほど高くないと思うが、その湿度のせいで全身から汗がにじみ出ていた。


(めんどくせー、帰りてー)


 そんな思いが史記の頭の中を占領するものの、文句も言わずに歩いている女性達の手前、その言葉を口に出すわけにはいかなかった。


 湧き上がる不快感を押し殺して必死に歩く。

 無心になることを心がけながら必死に歩く。


 心頭滅却。気持ち悪さは極力気にしない。


 1人だけ涼しい顔をして歩く香奈の表情が、なんとも恨めしかった。


 そうしてゆっくり進んでいると、先頭を行くペールが、不意にその足を止める。


 くるりと振り向いたペールが、湿気を吹き飛ばすような笑顔を見せた。


「到着したのですよ」


「ん? なにがだ??」


「昨日、<迷い地蔵>を倒した場所まで来たのです」


 周囲に見えるのは、木、草、苔。

 それまでと変わらない道が、ただ漠然と広がっている。


 水の球が作った小さな穴、濁流が作った大穴。戦闘の跡のようなものは、どこにも見当たらなかった。


「ここが、昨日の場所、ねぇ……」


 周囲の木々などに見覚えなどないが、体感としては確かにそのくらい歩いたような気がした。


 だが、仮にここが昨日戦闘をした場所だとすれば、1日で大穴が塞がり、木々が成長して、苔むしたことになる。


 地上では到底あり得ないことだが、ここはダンジョンの内部。


「美雪の部屋に階段が出来た時も、突然だったしな。そういうこともあるのかもな」


 このくらいのデタラメなら、まぁ、いいか。などと無理やり自分を納得させた史記が、キラキラと輝く霧に覆われた道の先を見つめた。


 そもそもが、魔法が使えるような場所である。

 何が起きようとも、想定内だろう。


「とりあえず、ここから先は未知の場所ってことだな?」


「はいなのです。気をつけて行くですよ」


「了解」


 全員が顔を見合わせてうなずき合い、再び霧の中を進み始めた。



 湿気は酷くなる一方で、進むに連れて大きな水たまりまでもが姿を見せ始めた。


 道全体が巨大な水たまりに占領されている場所もあり、そのような場所を通る時は、少しだけ道を外れて草の上を進むしかない。


 膝に届きそうなほど伸びた草をかき分ければ、葉の上に乗った水滴がズボンを湿らせた。


 水を吸ったズボンが足に張り付いて、ひどく気持ちが悪い。


 だが、水たまりの中を進むよりはマシだろう。

 そう言い聞かせて前へと進んだ。


――そんな時、史記の体に、突然、嫌な気配が駆け巡った。


 それは、明確な殺意を感じた時の感覚。


「敵だよな?」


「はいなのです」


 史記とペールが揃って足を止めれば、背後から柚希の声が飛んだ。


「ちょっと待って、

 …………2体かな? ユキちゃん、香奈ちゃん、お願いね」


「うぃうぃ~」「はーい」


 緊張感気味の柚希とは対照的に、香奈と美雪が楽しそうに返事をする。


 わくわくとした笑みを浮かべた香奈が半身になって弓を構え、美雪が左手を前へと掲げる。


 少しずつ大きくなる2体分のシルエットに、柚希の喉がゴクリと音を立てたかと思えば、美雪の瞳が輝いた。


「やっちゃうよー」


 反り返るほど伸ばした指先を<迷い地蔵>に向けた美雪が、少しだけ目を見張る。

 薄らと輝いた指輪の中から、2つの小さな炎が飛び出した。


 風にあおられるように少しだけ揺らめいた炎が、美雪の頬を赤く照らしだし、艶やかな髪を輝かせる。


「えーい!!」


 <迷い地蔵>をまっすぐに見詰めた美雪が、大きな声をかけて火の玉を押し出した。


 ゆっくりとしたスピードで飛んでいった火の玉が<迷い地蔵>に近付き、見えない壁へと衝突する。

 昨日の戦闘同様、あっけなさを感じさせるほど短時間で、小さな炎が消滅した。


 お返しとばかりに<迷い地蔵>の目から青い光が放たれ、<迷い地蔵>の頭上に小さな水の玉が姿を見せる。


「ボクにお任せあれー」


 自信にあふれた表情で左足を半歩だけ前へ踏み出した香奈が、弦を2回はじいた。


 一瞬で形作られた2本の光の矢が、競い合うようにスピードを上げて<迷い地蔵>へと飛んでいく。


 弦がしなる音、風を切る音、水面を叩く音、水の玉がはじける音。

 降り注ぐ水をかぶった<迷い地蔵>が頭から溶け始め、小さな穴と小さな魔石だけを残して消えていった。


 昨日はあれだけ苦労した<迷い地蔵>との戦闘も、攻略方法さえ知れてしまえば実にあっけない。


「魔石採ったど~!!」


 小さな穴の中から魔石を拾い上げた香奈が、その手を天高く突き上げて嬉しそうに叫ぶ。

 誇らしげに胸を張り、得意げに魔石を掲げるその姿は、見ているだけで楽しさが伝わって来るかのようで、戦闘の疲れなどは微塵も感じられない。


「これはユキユキの分だね!!」


 ビシッ、と音がしそうな勢いで美雪を指さした香奈が、犬を思わせる仕草で美雪のもとへと駆け寄る。


 片方の魔石を手渡して、嬉しそうに微笑んだ。


「これで、ユキユキの服も綺麗になるよ~」


「うんっ‼ いざ、進化のとき‼」


 素直に受け取った美雪が、一瞬もためらうことなく、上着へとこすり付ける。

 美雪の体が光を放ち、ゆっくりと収まっていく。


「おぉ~。なんかすごい!!」


 どうやら美雪の服も、無事に進化することが出来たようだ。


 そんな美雪の姿を見届けた香奈が、くるりと方向を変え、柚希の方へと振り向いた。


「こっちはユズユズの分!!」


 見えない尻尾を振る香奈の言葉に、柚希の目が大きく開かれる。


「私?? 私が先でいいの?」


 1人1人の顔を確かめるように周囲を見渡す柚希に向けて、史記とペールが大きくうなずく。


「まぁ、妥当だと思うぞ?」


「はいなのです。ペールも史記様も、何もしてないのです。役立たずなのですよ」


「うぐっ……」


 気にしていたことをペールに指摘され、悲鳴にも似たうめき声が口をついて出た。


 だが、昨日も今日も、歩く以外のことはほとんどしていないのだから仕方がない。

 反論できる余地などどこにもなかった。


 薄々感じていたことを指摘されて顔を伏せる史記に、柚希が静かに顔を寄せる。


「大丈夫。適材適所、でいいんだよね?」


 まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ柚希が、苦笑いを浮かべた後に、トントン、と胸元を叩くようにして魔石を服に触れさせた。


 香奈や美雪の時と同じように、魔石を吸収した服が淡い光に包まれる。


「すごいね。さっきまでと全然着心地が違う。

 なんだろう、ふんわり滑らかな肌触り、って言ったら良いのかな?」


 柚希にしては珍しくも、嬉しそうな声を張り上げた。

 着心地を確かめるように服をなでた柚希が、うっとりとした笑顔を見せる。


「香奈ちゃん、ありがとう」


「やーったね!! 後はシキシキとペルルン、テツテツの分だね!! ボクに任せておきたまえ~」


 よろしくお願いします。そんな気持ちで、霧の中を更に奥へと進んでいった。


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