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12話 ランクと使い道

「うん‼ …………うん?

 いやいや、ちがうよ、お兄ちゃん。まだなんにもしてないよ?」


「………………いや、だって、……ねぇ」


 可愛い妹を堪能した史記は、何か大きなことを達成できたような充実感にあふれていた。


 帰宅宣言も半ば本気だった。


 しかし、そんな史記の思いも虚しく、彼の提案が受け入れられる事は無い。


 2人がダンジョンに入った目的は、美雪の可愛らしさを再発見することではないのだから当然だ。


 だが、史記の気持ちが、ダンジョン突入当初とは大きく異なっている事も事実である。


「武器がこれだぜ?」


 木の枝を持ちあげた史記が、申し訳なさそうに呟けば、自然と美雪の視線が木の枝に向けられる。


「ただの木の枝。ランク1。つかいみ…………」


 不意に、美雪が何かを読み上げるように呟いた。


「ランク? 使い?」 


 そんな呟きを拾った史記が、復唱するように呟けば、美雪が急に慌て始める。


 自分の前で手を交差させるようにひらひらと横に振り、否定の言葉を繰り返す。


「なんでもないよ。なんでもないんだよ、ほんと、なんでもないんだよ」


「いや、なんでも無いこと無いだろ。どうした?」


 だが、その仕草が、余計に史記の興味を引いてしまった。


 どう考えても誤魔化せるような状況ではない。


 少しだけ俯いた美雪が、まるで懺悔でもするように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…………ユキの武器が、効果を発動しちゃったみたい」

 

「効果ってあれか? 鑑定?」


「……うん。たぶん」


 装備した武器がその効果を発揮した。それは別に慌てて否定し、隠さなければならない事では無い。

 つまり、美雪が隠そうとしたのは、鑑定してしまったことではなく、その内容だろう。


「それで? 鑑定の結果は?」


 恐らく悪い結果なのだろうと勘付いている史記だったが、その内容を問わない訳にはいかない。

 悪い結果を聞くのは怖いが、聞かない方がもっと怖い。


 美雪としても、そう問われてしまえば、答えない訳にはいかなかった。


「……うん。名前が、ただの木の枝。ランクは1」


 ただの木の枝のランクが高いはずが無いので、ランクの数字は大きい方が良いのだろう。


「それで、使い道が……」


 そこまで言って、美雪が不意に言葉を切った。


 うつむき気味だった視線をあげて史記の顔色をうかがった後に、すっと顔を横へとずらす。


「えーっと……」


 しばらくの間、視線をさまよわせた美雪だったが、一瞬だけ決意を決めたような表情を見せた後で、ぼそっと一言だけ言葉を発した。



「…………なし」







    使い道、無し。




 史記に与えられた武器が、ただの木の枝で、特殊能力どころか使い道すら無い事が判明した瞬間だった。


「…………マジで?」


「……うん」


 2回、3回と鑑定を繰り返した美雪だったが、その結果が変わることはない。


 あまりの冷遇に『もうやだー。帰るーーー』と、自分の年齢を忘れて駄々をこね始めた史記だったが、どれだけ床を転げ回ろうとも、ただの木の枝に特殊能力が宿る事は無い。

 

 端的に言って、見苦しいだけだ。


 そんな兄に優しい視線を向けた美雪が、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「お兄ちゃん。この前やってたゲームで、1番最初に買った装備って何だったか覚えてる?」


「えーっと、たしか、ヒノキの棒?」


 史記の答えが正しかったのか、美雪の笑みに深みが増した。


「うん。そうだったよね。

 それでね。あのゲームの主人公って勇者だったよね?」


「あー、たしか、そういう設定だったと思う」


「うん。つまりね。

 勇者はみんな、木の枝を握るところから始まるんだよ‼」


 キリっとした表情を浮かべる美雪に対して、『俺の可愛い妹は何を言っているのだろう?』という顔をした史記だったが、少しだけ考えを巡らせた後に、ハッっと目を見開いた。


 それまでずっと地面に釘付けだった史記の視線が、勢い良く上を向く。


「なるほど!! 木の枝が武器の俺は『勇者』ってことだな!!」


「そうなんだよ!!」


 ワザとらしいハイテンションの2人が、手を取り合う。


 史記としても、本気で妹の話を信じている訳ではない。

 半ば自分に言い聞かせるような気分で、妹の奇弁に乗っかっているだけだった。

 

 出来てしまったダンジョンを放置するという選択肢が無い以上、ただの木の枝を引き当ててしまった史記に残された道は、その枝を使ってモンスターを間引くこと。


 多少強引ではあっても、馬鹿なことを言って頑張る方がマシなのだ。


 淡い夢を打ち砕かれて、繊細な心に傷がついた事も事実なのだが……。


 それはさておき、頑張る前に1つだけ、史記には聞くべきことがあった。


「なぁ、美雪。なんでそんなに乗り気なんだ?」


 ダンジョンに入る前からずっと思い続けていた疑問だった。


 美雪はゲームや小説などのファンタジー系を好まない。


 史記としては『ゲームでなら体験済みだし、ちょっとだけ面倒なくらいだな』と思う程度なのだが、美雪はゲームでの経験すらなかった。


 普段通りなら『ユキは部屋で本読んでるから、お兄ちゃん、がんばってね』と言われると思っていた。

 

 外出は、学校かお気に入りのライトノベルの発売日のみ。

 友人との外出も月に1回あれば多い方で、着る服もネットで購入する美雪である。


 そんな半ばひきこもりとも呼べるような美雪が、史記が帰ろうと言っても、帰るどころか逆に説得する始末。


 どう考えてもおかしかった。

 

 美雪自身も、自分らしくないことをしていると感じていたのだろう。

 突然の質問に動揺することもなく『ユキらしくないよね』とつぶやいて肩を竦めた。


「ユキのお家って、もう無くなっちゃたでしょ?

 だからね、お兄ちゃんの家は守りたいの」


『お兄ちゃんのパパとママが残してくれた物だからね』と美雪が悲しそうには笑った。


 きっと、自分が産まれた家が壊された、あの日のことを思い出しているのだろう。


 美雪の表情に引きずられるように、史記の脳内にも大きなアパートの一部になってしまった美雪の家が描かれる。


「……そうだな。俺と美雪の家を守らなきゃな」


「…………うん」


 左手で妹の手を掴んだ史記は、右手で武器をぎゅっと握り閉めると、しっかりとした足取りでダンジョンを奥へと進んでいった。




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