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3-14話 九尾の声


「にゃ!? キュウちゃん??」


 驚いた表情で立ち止まった香奈が、目を白黒とさせれば、再び脳内に九尾の声が聞こえた。


『神力が足りぬため最後となる。我が巫女よ。その弓で水の玉を打ち抜け。矢をつがえなくても我が巫女なら打てるはずだ』


「撃つの?? 撃ったらどうなるの!? ねぇ、キュウちゃん!!」


 半ばパニックを起こしながら問いを返すも、それ以降、九尾の声が聞こえることはなかった。


 背後から襲い来る恐怖に加え、留守番をしているはずの九尾の声。

 どうすればいいのかもわからず、頭が真っ白になる。


「香奈ちゃん、逃げるよ!!」


「え? あ、う、うん……」


 柚希の声に顔をあげれば、焦りと疑問を織り交ぜた表情を浮かべた仲間達の顔が見えた。

 美雪からは『カナカナ、どーしたの?』などと心配そうな声をかけられてしまった。


(みんなにはキュウちゃんの声が聞こえなかった?? ボクの身を案じて、神託を降ろしてくれたってこと!?)

 

「香奈ちゃん、走れる??」


「う、うん。ごめん。大丈夫」


 思考の中に割り込んできた柚希の声に頷きを返し、安心させるように笑顔を貼り付ける。


(考えるのは後!! 今ヤバいんだからっ!!)


 ぐるぐると巡る思考を振り払って、史記達の背中を追いかけた。


 だが、どうしても先ほど聞いた九尾の声が脳内から離れない。


 ちょっとだけ、と自分に言い訳をして、チラリと後ろを流し見れば、巨大に膨らんだ水の玉が目に飛び込んで来た。

 今にも道の端にまで届きそうで、先に飛んできた玉の比ではない。


 全員がまとめて消え去るてしまう。そう思えた。


(水の玉をボクの弓で打ち抜く……)


 九尾の言葉を脳内で再生し、背負った弓を引き抜いた香奈が、体ごと<迷い地蔵>を振り返る。


「香奈ちゃん!?」


 慌てる周囲を尻目に、左手で弓をぎゅっと握りながら、ふっ、ふっ、ふっ、と小さな呼吸を繰り返して弦を引き絞る。

 九尾の言葉に従って弓はつがえず。巫女になるための修行の一環として練習した動作を思い出しながら体を動かした。


 キリキリと音が鳴るほど強く弦を引いた右手に顎を乗せて、鋭い視線を水の玉だけに向ける。


 気が付けば、淡い光に包まれた1本の矢が手元に収まっていた。


「やぁっ!!」


 気合いの声と共に右手を放せば、ビン、という音と共に光の矢が飛んでいく。


 光の粒をキラキラとこぼしながら、長い尾を左右へと伸ばして飛ぶ矢は、あたかも光り輝く鳥のようで。

 ただ呆然と眺めているうちに、水の玉へと吸い込まれていった。


「……ッ!! 弾けろ――!!」


 脳内に湧き上がる感情のままに言葉を叫べば、玉の中心から激しい光が漏れ出し、その輪郭が大きくゆがむ。

 揺れる隙間から更に光りが漏れ出し、こぼれ落ちるように水の玉が崩壊を始めた。


 先に落ちてきた小さな粒が<迷い地蔵>の頭をじわりと溶かし、やがては滝のような水量が全身を包み込む。


 <迷い地蔵>の体をそれた水が地面を伝って周囲に溢れれば、飲み込まれるように木々が倒れ、草が消え、石や土までもが水に溶けた。


「…………」


 <迷い地蔵>がいた地点を中心に土が抉れ、周囲に生えていた木々までもが忽然と姿を消した。


 香奈達の前に残されたのは、大きなクレーターと小さな魔石。


「…………倒した」


 あまりの出来事に呆然としながらも、口をついて出たのはそんな有り触れた言葉だった。


「カナカナ、すご――い!!」


「やーったねっ!!」


 少しだけ遅れて美雪の声が爆発し、安堵の表情を浮かべて笑顔を返す。


 目を光らせた<迷い地蔵>の姿も、凶悪な水の玉の姿も、見渡す範囲には居ない。

 当面の危機は去ったように思えた。


「柚希、ほかに敵はいないよな?」


「うん……。今のところは大丈夫みたい」


「了解」


 周囲の状況を注意深く確認した史記が恐る恐るクレーターの中をのぞき込めば、そこは生命が失われた世界とでも言うべき場所。

 木や草は愚か、石の裏に生えていたコケまでもが跡形も残さずに消えていた。


「登るの大変そうだし、1人でいいよ」


 そう仲間の同行を制して、史記だけがクレーターの中へと下りていく。


 地面がシャリシャリと音を立て、薄らと積もった雪の上を歩くような感覚を伝えてくる。

 視界に入るのは、溶け残った土と小さな魔石だけ。ほかには何一つ残されては居なかった。


「この威力はヤバいな……」


 額に流れる嫌な汗を拭って、ふー……、と長く息を吐き出す。


 あのまま逃げていれば、いずれ飛んできた水の玉に全員が飲み込まれていただろう。

 土や石ですら溶けたものを自分達が浴びればどうなるかなど、考える余地すらなかった。


(突然立ち止まった時はどうしたものかと思ったけど、香奈には感謝だな)


 土の感触を確かめるようにゆっくりと進み、そこに横たわる魔石を拾い上げて香奈へと投げる。

 それなりの距離があったものの、綺麗な放物線を描いた魔石は無事に香奈の手の中に収まった。


「わっ!! 何これ、……綺麗っ!!」


 青く透き通った輝きに、香奈がうっとりと表情を崩す。


「世間にバレるとヤバいやつだから、他言無用でよろしく」


「ん~」


 真剣な表情で語るものの、香奈にとってはどこ吹く風。

 香奈の瞳は、魔石だけを映し出していた。


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