3-9話 国家レベルのお話
モンスターの体内にある石について噛み合わない会話を続けていた史記と麻衣だったが、宝石のように透き通った石と言う言葉をきっかけに、麻衣がはっと息を飲む。
「それって、魔石のこと!?」
「そういえばペールも魔石がどうのこうのって言ってた気がしますね」
目を見開いて驚きをあらわにする麻衣の勢いに、史記が1歩だけ後ろへと身を引いた。
だが、史記の態度など関係ないとばかりに、麻衣が史記へと詰め寄る。
「モンスターがみんな魔石持ちなの!?」
「えっと、まぁ、多分。これまで倒したモンスターの体内には透明な石がありましたね」
鋭い視線を向けた麻衣が史記の両肩を力強くつかむ。
息がかかりそうなほど顔を近づけて、史記の体を揺さぶった。
「天使ちゃん、お願い。連れてって!! 天使ちゃんのお家のダンジョンに行きたいっ!!」
「え? いや、あの、妹に確認が必要で――」
「絶対に説得する!! 会わせて、今すぐにっ!!」
「麻衣先輩、ちょっと落ち着い――」
「行くよっ、天使ちゃんのお家に行くよっ!!」
麻衣の指先に力がこもり、史記の肩がミシミシと音を立てる。
現役冒険者の筋力は、見た目からは想像出来ないほど強かった。
「いっ……、痛いです。わかりましたから、とりあえず――」
「ありがとー!! 天使ちゃん大好きっ!!」
肩から手を話した麻衣が、両手を大きく広げて史記を抱きしめる。
突然の行動に言葉を失う史記の体を麻衣の細い腕が締め上げた。
全身が柔らかいものに包まれて、あばら骨がきしみをあげる。
口から内臓が飛び出して来そうなほど全身が圧迫されていた。
「麻衣先輩……、まじ……死、ぬ……」
「すぐ行くわよっ!! 天使ちゃんのお家に!!」
肋骨が折れる寸前で両手を話した麻衣が、史記の手を引っ張って階段を駆け上っていく。
ちょうど入ってきた電車のドアに滑り込み、目を輝かせながら淡路家へと向かった。
「麻衣先輩。魔石ってどんなものなんですか??」
「しーっ……。天使ちゃん、ちょっと声が大きいよ」
周囲の目を気にして人差し指を立てた麻衣が、声を小さくしながら史記へと顔を寄せた。
「魔石って言うのはね。ダンジョンに関わるものを強化する石のことで、武器に使えば手っ取り早く武器になるし、防具や道具に混ぜれば特殊能力を持たせることが出来る。言うなればレベルアップアイテムね」
「……強くなれる」
「手に入れるにはダンジョンの最深部にいるボスを倒すか、大阪にある国営ダンジョンでモンスターを狩るかの2種類しかないの。……ううん、なかったの」
使えば強くなれるアイテムで、その希少価値はかなり高い。
もし淡路家のダンジョンが3つ目の選択肢になるのであれば、かなりの大事になることは安易に予想出来た。
『知らない人が部屋に入るのやだ』
過去に聞いた美雪の言葉が史記の脳内に流れる。
史記自身も、両親との思い出が詰まった今の家が様変わりする事態は出来る限り避けたいと思う。
たとえ大金を積まれたとしても、思い出には変えられない。
言葉を見失った史記を乗せて、電車がゆっくりと動き出す。
小さな揺れにバランスを崩しかけた史記の体を麻衣がそっと支えた。
「話を聞く限りだけど、各階は妹ちゃんが手に入れた魔法の本に適応する魔石を中心に生成されてて、モンスター達は体内にある魔石を捕食しあって成長してると思うよ。
そんなダンジョンって、さっき言った大阪の国立ダンジョンしか知らないね」
普通のダンジョンは、魔石でなく魔力を中心に形成されているらしい。
魔力を吸収し続けて蓄え続けて、石になったものが魔石なのだ。
「公開ダンジョンにはしたくないって言ってたわよね?? このことは知られちゃだめよ。誰かの耳に入れば、すぐに国の機関が飛んできて大騒ぎになるよ」
「…………」
無言のまま、史記が静かに頷いた。
冒険者業は死と隣り合わせの商売。
手っ取り早く強くなれるアイテムがあるのならば、地球の裏側であっても飛んでいく。
麻衣の言う大騒ぎも過言とは思えなかった。
「天使ちゃんは魔石の奇跡みたいなのを体感してるんじゃないかな? ペールちゃんって言ったかな? そのスライムの使い魔ちゃん。
その子は、間違いなく魔石の力で強くなってるね。スライムが進化して女の子になるなんてありえないよ?」
「……武器に魔石を吸収させればペールのような進化をする、ってことですか??」
「女の子になったって話は聞いたことないけど、姿が変わってすっごく強くなったって話は有名かな」
「…………」
強い武器が欲しいと思っていた史記としては朗報であるものの、国家レベルの話は頂けない。
面倒なことになったなとつぶやいた史記が、小さくため息を吐き出した。