3-7話 剣と剣
史記ちゃんの泣き顔を撮影するイベントが始まってから30分が経過した頃。
乙女達の欲望とシャッターの音が弱まりを見せ始め、ハンバーガーチェーン店にいつもの雰囲気が戻ってきた。
テーブルに置かれたシェイクはほとんど溶け、ポテトは当然のように冷めている。
だが、そんな食べ頃を過ぎてしまった晩ご飯を片手につまみながらも、乙女達は満開の笑顔を咲かせていた。
「ふぅ、我ながら惚れ惚れする写真が撮れたわね」
「はい。どれも最高ですね、先輩!!」
「麻衣、あなたのおかげよ!!」
「そんな、私なんてまだまだです。けど、そう言って貰えると嬉しいですっ!!」
美女と美少女が互いのベストショットを見せ合って、きゃっきゃ、と笑い合う。
「それじゃぁ、後で添付しておくわね」
「はい、ありがとうございます。私も送信しときます」
互いの健闘をたたえ合った2人が、がっちりと握手を交わした。
そんな乙女達の隣では、ぐったりとした様子で宙を見上げた史記が、ずぞぞぞー、と空になったシェイクを吸い込み続けている。
一応、律姉達の会話も聞こえているものの、理解するつもりはない。
何かしらの拍子に新たな燃料を投下してしまえば、再燃焼することは目に見えている。不用意な発言は出来る限り避けるべきだと思えた。
そんな史記の対応が功を奏してか、瞳に理性を取り戻した律姉が綺麗な微笑みを史記の方に向けた。
そしてわざとらしく、おほん、と咳をすると、隣に座る美少女に手のひらを向ける。
「今更だけど、この子がさっき言ってた待ち合わせ相手で、冒険者をしている大学時代の後輩。
史記ちゃんにしてみたら依頼主、お客様ね」
「……あ、どうも、淡路史記です。……お願いします」
唐突に切り替わった律姉の雰囲気に若干の戸惑いを覚えながら、律姉の隣に座る美少女に頭を下げる。
対する美少女も、素直に頭を下げ返した。
「初めまして六道麻衣です。冒険者の先輩ってことになるかな?
よろしくね、天使ちゃん」
綺麗な笑みを見せた麻衣が史記の手を取り、両手でやさしく包み込んだ。
「え? あ、え??」
突然の接近にうろたえる史記の様子に、麻衣が小さく笑う。
「律先輩から聞いてるよ。キミって男なんでしょ?? けど、史記君って呼ぶにも見た目が可愛いからおかしいよねっ。だから天使ちゃん!!」
「…………あー、はい。お好きにお呼びください……」
とりあえず、いろいろとあきらめた。
(この人は律姉の知り合い。律姉と同じような分類の女性)
そう思えば、大抵のことは飲み込める。
「さ、それじゃぁ、ちょっと立ち上がってみてくれる?」
「あ、はい」
次は何が始まるのかと身構えたものの、麻衣の目は真剣そのもので、それまでのようなおどけた雰囲気はない。
素直に立ち上がった史記の姿を麻衣がまじまじと眺めた。
「ふ~ん。……なるほどね」
顎に手を当てた麻衣が、興味深そうな表情を浮かべてうなずく。
「鉄パイプを使ってたって聞いたんだけど、あってる??」
「あ、はい。そうです。その前は木の枝でした」
「んー、ってことは、大きさはこのくらい??」
両手を肩幅より少し大きいくらいに開いて見せた麻衣に対して、史記がコクリとうなずく。
「そうですね。そのくらいです」
ふむふむ、と小さくうなずいた麻衣が、鞄の中から大きめの袋を取り出して中に手を突っ込んだ。
「んーっと、えっと、……あれ?? たしかこの辺に……、あった、あった。
はい、これ。ちょっと振ってみて」
出てきたのは、これまで使っていた鉄パイプとほぼ同じくらいの長さの剣。
唐突に出てきた本物の剣に驚きながら、Lサイズのポテトの隣に置かれたその剣に、史記が手を伸ばした。
「うぃ゛……!?」
柄の部分をつかんで手元に引き寄せようと試みるも、机の上に置かれた剣はピクリとも動かない。
「…………」
両手で握り直し、歯を食いしばって力を込めてみたが、結果は変わらなかった。
「あー、その子はまだ早かったかー」
そんな史記の様子に苦笑の色を浮かべた麻衣が、史記の手を押しのけて剣を握り、ひょいっと持ち上げて袋の中へと放り込む。
そのままゴソゴソと袋の中を探りながら、意識だけを史記の方に向けた。
「えとえと? 冒険者になってどのくらいー??」
「学校入学してすぐだったんで、まだ2ヶ月くらいですかね」
「ん~、なるほどねー。それじゃぁ、この辺の子かなぁ?? こっち持ってみてくれる??」
袋の中から出てきたのは、先ほどと同じような抜き身の剣。違いは持ち手の色くらいに見えた。
先ほどのイメージが拭えないままに、ゆっくりと手を伸ばし、力を入れる。
すると、今度はあっけないほど簡単に持ち上げることが出来た。
「うん、うん。大丈夫みたいね。それじゃぁ、その子が今回の報酬ってことでいいかな??」
「え? あー、なるほど、現物支給ですか」
「そーゆーこと。ちなみに、その子をお店で買うとなる10万円くらいかな??
やって貰うことは、お姉ちゃんと一緒にダンジョンの探索。写真撮影自由!!」
日給10万円。先ほどの剣を軽く持ち上げた実力を見る限り、安全面も大丈夫そうに思える。
残る問題は、写真の撮影についてなのだが、
「…………かしこまりました」
その1点だけで断れるはずもなかった。
「やった――!! ありがと――っ!!
律先輩、ありがとうございます。お土産の写真、期待しててくださいねっ」
「もちろんよ。けど、怪我だけはさせちゃだめだからね??」
「わかってますよ。それじゃぁ、いってきまーす」
「……行ってきます」
腕を絡み取られた史記が、夕暮れ迫る繁華街へと消えていった。