3-6話 美少女は敵?
通りを行き交う車達がライトをつけ始めた頃。
冒険者専門店を併設するハンバーガーチェーン店に、ニマニマとした微笑みを浮かべる律姉と、可愛らしい女性ものの服を身につけた史記の姿があった。
周囲の視線を気にして短い裾や丸出しの肩を隠そうと足掻く史記の様子に、律姉が頬を赤く染める。
「いいわぁ、すごくいい」
「……律姉、着替えたらだめか??」
「もちろんだめよ。その服もクエストの一環だから」
「…………」
意味不明だが、従うしかなかった。
そうして史記が恥じらい続け、律姉が萌え続けていると、不意に史記の体がビクンと跳ねる。
(敵!?)
はっ、と顔を上げた史記が見つめた先に居たのは、自動ドアを抜けようとする1人の女性。
身長は160センチくらいで胸はあまり大きくない。
可愛らしい服と真面目そうな赤い眼鏡を身につけており、童顔よりの顔が優しい雰囲気を生み出していた。
可愛い美少女、そう呼ぶに相応しい見た目である。
だが、その身から発せられる気配は非常に大きく、赤い岩鳥と対峙した時よりも鋭いように思えた。
(……あのひと、強いんだろうな)
そう心の中で冷や汗をかいていると、不意に椅子から立ち上がった律姉が、その美少女の方を向いて小さく手を振る。
「悪いわね、呼び出しちゃって」
「いえいえ、良いんですよ。私と先輩の仲じゃないですか、それに今日はちょうど休息日でしたから」
律姉に手を振り返しながら側へと歩み寄ってくる美少女に合わせて、史記も席を立つ。
(とりあえず、自分から挨拶しといた方がいいよな)
そんな思いで軽く頭を下げた史記が、ゆっくりと口を開いた。
――その瞬間、
突然前屈みになった美少女が、がばっ、と律姉に抱きついた。
「んひゅぅ――、久しぶりの先輩の感触……。はぁ~、しあわせ~」
腰に手を回し、律姉のお腹に頬をぐりぐりと押しつける。
その口からは、はふぅ~、はぅはぅ~、などと、気持ちよさそうな声が漏れ出ていた。
「こーら。抱きつく癖、やめなさいって言ってるでしょ?」
「だってー、先輩の感触、気持ちいいんですもん」
はぁ、と苦笑気味にため息を吐いた律姉が、腰に抱きつく美少女の髪に手を伸ばす。
「ですもん、じゃないの。ほら、離れなさい、良い子だから」
「……はぁ~い」
頭をなでられながら優しく諭された美少女が、渋々と言った様子で律姉から手を離す。
「む~、先輩はもうちょっと私にデレてくれてもいいのに~」
そんな言葉をつぶやきながら唇を尖らせた美少女が、おもむろにテーブルの上に乗っていたポテトの山へと手を伸ばし、ひょい、と数本つまみ上げた。
「先輩の食べかけポテト、おいし~!!」
目を輝かせながら頬に手を当てた。
「……すこしくらい落ち着いたらどうなのよ?」
「いいじゃないですか、これが私のアイデンティティです」
腰に手を当てて自信満々に答える美少女に対して、律姉が、はぁ、大きなため息を吐いた。
そんな律姉の雰囲気など全く気にせずに再びポテトの山へと手を伸ばした美少女が、不意に視線を隣に向ける。
「それで?? この子が先輩の言ってた…………」
史記と目を合せた美少女が不意に動作を止め、手からポテトを落とした。
そして、驚いた表情を見せた美少女が、一瞬の後に地面を蹴る。
「かわいい――――!! 良い香りがするぅ――!! むふ、むふぅぅぅー」
「は? え? え??」
史記のお腹に顔を埋めた美少女が、すーはー、すーはー、と鼻を膨らませて匂いを堪能し、頬で肌の感触を楽しむ。
遠慮など皆無であった。
「すべすべー、むふぅぅぅーーー!!」
「ひゃっ!!」
腰に回した手にぎゅっと力を入れた美少女が、チラリと見える史記のお腹をペロリとなめる。
「先輩、先輩、先輩っ!! この子、食べちゃっていいですか!?」
無邪気な笑みを浮かべた美少女が、そんな言葉を発した。
そんな美少女に対して、律姉が静かに微笑む。
「いいわよ。今日1日はあなたのものだから、好きにしちゃっていいわ」
「え!? いや、ちょ――」
「やった――――!! 君、可愛いね。お姉ちゃんとお人形遊びしない?? もちろん、お人形は君ねっ」
むふ、むふふ、むふふふ、と笑う美少女を振りほどこうとするものの、その腕はピクリとも動かなかった。
大きな虎に組み敷かれている、そんな気分である。
「…………律姉。ごめんなさい。無理です。マジ無理です。帰ります。帰らせてください……」
突然襲い来るパニックと恐怖に、史記の目から透明な液体が滲み出る。
マジ泣きであった。お人形遊びのお人形役は嫌だった。
「はわっ、泣いちゃった。どうしよ、どうしよ……。どうしましょう、先輩っ!!」
「どうしましょうって、そんなの決まってるじゃない
撮 る わ よ っ !! 」
「らしゃぁ!!」
律姉が持つ鞄の中からは一眼レフの本格的なカメラが飛び出し、美少女の鞄の中からは可愛らしいデジカメが出てくる。
「ふふふー、いいわぁ!! すごくいいわーー!!」
「こっちにも、こっちにも視線くださーい。はふぅぅぅ~!!」
周囲に店員も、たまたま居合わせたお客様も、全員が見て見ぬふりを決め込む。
変態の巣窟に手を差し伸べる勇者はいなかった。