3-5話 拒否権
はぁ、はぁ、はぁ、と興奮冷めやらぬ状態の律姉が、ライオンのような瞳を優しげなものに変えて史記を見る。
「相談したいことがあるって聞いたんだけど??
お姉さんに出来ることなら、何だってするわよ??」
その視線にためらいの色は微塵も浮かんでいなかった。
もし史記が本気で望むのなら何だってやる。そんな決意が透けて見える。
そんな律姉の様子に少しだけ頬を引きつらせた史記が、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「う、うん、ありがとう。けど、職員として出来る範囲で大丈夫だよ。
今日は1人の冒険者として、職員である律姉に相談事」
「うーん、なんだか他人みたいでさみしいけど、史記ちゃんがそう言うなら……」
「ありがとう、律姉」
不服そうな表情を浮かべながらもうなずいた律姉に、史記が晴れやかな表情を浮かべた。そして、恥ずかしそうに少しだけうつむき、視線をそらす。
「……でね。……バイト、斡旋してくれない??」
「……ん??? バイトって、アルバイト??
冒険者として、ってことは、クエストってこと??」
「うん、それ。……えっと、最近、いろいろとお金使っちゃって、おこづかい、ないんだよね。
律姉に貰った鉄パイプ、壊れちゃってさぁ……」
あははー、と誤魔化しながら、史記が頭をかいた。
ダンジョンの入り口を見張るセンサーに始まり、キャンプ道具から人数分の食材まで。
ペールの短剣だけは、
『ペールちゃんには頑張って貰ってるから、ここは御主人様として良いところを見せたいかな』
と言って財布と取り出した柚希が支払ってくれたのだが、ダンジョンが出来て以降、出費はかさむばかりである。
両親が残してくれた貯蓄はまだまだあるのでそこまで緊迫した状況ではないが、さすがにダンジョン攻略に使う武器を両親の口座から引き出すのは気が引けた。
かといって、一般的なアルバイトに手を出してしまえば、史記が自由に使える時間の大部分がなくなってしまう。
少しずつ出来ることが増え、おいしい食材というご褒美を覚えてしまったせいで、ダンジョンの攻略時間は減らしたくない、と言うのが本音だった。
そして考え抜いたのが、冒険者としてのアルバイトである。
「つまり、新しい武器を買うためにクエストをクリアして、お金を貯めよう、ってことね??」
「そういうこと」
「う~ん、そうねー。ん~、斡旋してあげたいけど、年齢がね……、今日の写真で部長を……、けどねぇ…………」
浮かべていた笑みを消した律姉が、顎の下に手を当てて思考の海を漂う。
県のダンジョン課が扱うクエストは、国や経済界から依頼された大きなものから近所の住民やインターネットを通じて依頼される庶民的ものまで、数多く取りそろえている。
その中には、数日や数時間で完了出来るようなものもあり、駆け出しである史記達でも出来そうなものもあるのだが、ダンジョンを秘匿したいという理由とその年齢ゆえに、あまり派手には動けない。
納品系であればダンジョンの有効性が知られる恐れがあり、護衛や討伐系に高校生を向かわせるのもためらわれた。
可愛い史記ちゃんの願いを叶えるには、どうすればいいのか。
ん~、と悩む律姉の脳内に1人の女性の顔が浮ぶ。
「……あっ、そっか、あの子が居たわね」
ぱっと表情を緩めた律姉が手を叩いて、嬉しそうな表情を史記へと向けた。
「史記ちゃんの要望は、新しい武器を手に入れるためのクエストが欲しい、ってことでいいわよね??」
「ん?? んー……、まぁ、そうなるね」
「それで?? 武器はどの種類がいいの?」
「種類?? えーっと、……うん。普通の武器なら何でも良いよ」
「わかったわ」
軽くうなずいた律姉が、鞄に仕舞われていた携帯電話を取り出して、誰かに連絡を取り始めた。
「ちょっと待っててね。多分すぐ返信が来ると――あ、来たわね」
食い入るように画面を見つめていた律姉が、にっこりと微笑む。
「……よし、アポ取れたわ。それじゃぁ、行くわよ」
「へ? 行くってどこへ??」
「知り合いの冒険者のところよ。大学の後輩でもあるんだけどね」
「今から!?」
「そうよ。ちょうど休息日だったみたいで暇してるって。駅前ダンジョン集合にしといたわ」
言うや否や、鞄を片手にひっさげた律姉が立ち上がった。
本当に今から向かうらしい。
「さすが律姉。手の早いことで……」
呆れ半分、尊敬半分で立ち上がった史記が、律姉の手で綺麗にたたまれた制服に手を伸ばす。
だが、その動きを真っ白な手が遮った。
「服はそのままで良いわよ。いいえ、違うわね。そのままじゃなきゃ困るの。そのまま行くわよ」
「ぅぇ!?」
残念ながら今の史記に拒否権などない。
綺麗な笑みを浮かべる律姉に引きずられるようにして、外の世界へと連れ去られた。