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3-2話 九尾の朝食


「我が巫女よ。そろそろ目を覚ますべきだと思うぞ」


 香奈が淡路家のダンジョンへの不法侵入を試みた翌朝。


 大きな神社の敷地内にある香奈の私室では、可愛らしい猫のパジャマを身につけた香奈が、大きな枕を抱きしめながら眠たそうに目をこすっていた。


「ん、ん?? ん~……、キュウちゃん……」


 香奈に抱きかかえられていた枕……九尾の狐が、苦笑を浮かべる。


「相変わらずの寝起きだな。可愛い顔が台無しだぞ」


 そんな言葉と共に9本ある尻尾のうちの1本を持ち上げ、ペチペチと香奈の頬を叩く。

 だが、そんな九尾の献身的な攻撃を受けても、香奈の瞳は半分ほどまでしか開いて居ない。。


「ん~…………。もう帰っていい……??」


「いやいや、まだ布団から出てすらいないではないか、どこへ帰ろうと言うのだ?」


「学校に行って、帰ってきたっていう事実だけが欲しい……、帰りたい……」


 半分以上寝ぼけた発言なのだろうが、言いたいことはなんとなくわかる。


「……まぁ、我も神々の交流会などの時は同様のことを思うこともあるが、そういう訳にもいかぬであろう?? それに、我が巫女は学校が好きではなかったか??」


「好きだけど~……、お布団の方が好き~……」


 尻尾にめくられた布団をかけ直した香奈が、柔らかな毛皮に顔を埋めながら眠りの体勢へと戻った。

 本当にこのまま寝ているつもりらしい。


 そんな彼女の頭をもふもふの尻尾が優しくなでる。


「我も巫女と一緒に居る時間は好きだが、そういう訳にもいくまい。

 まぁ、とにかくだ。制服に着替えて学校へ行くのが良いと思うぞ??」


「……、行かなきゃ、だめ~……??」


「行かなきゃだめだな。とりあえずは寝癖を直す。我が巫女よ、膝を借りるぞ」


「う~ん……、よろしく~……」


 うぅぅ~、と布団の温もりを惜しむ声を上げながら、香奈がゆっくりと体を起こす。


 ぞの膝の上に九尾の狐がちょこんと座り、枕元に落ちていたブラシを尻尾の先で拾い上げて香奈の髪にあてがった。


「我が巫女よ。強弱はこのくらいか?」


「ん、ん~……、良い感じ……」


「そうか、それは行幸……。む?? 我が巫女よ、目を閉じろ。強敵を発見した」


「ん~……」


 九尾の指示に従い、半分ほどだけ開かれていた目がぎゅっと閉じる。


 尻尾の先に持ち上げられたスプレーが、シュッ、と音を立てて寝癖直し用の液体を吹き出した。


「……むっ、なかなかに頑固だな」


「ん~…………」


 普段は比較的素直な髪なのだが、昨日は十分に乾かさずに寝たためか、なかなかの強敵に仕上がっていた。


「ところで我が巫女よ。ダンジョンから我が糧を収穫する話はどうであった??」


「ん~……、ダンジョン~……??」


 眠そうに目を閉じた香奈が、ん~?? と疑問の声を上げながら、首をコテンと倒す。

 倒れた首をもふもふの尻尾が下から支え、元の位置へと優しく押し戻した。


「頭を動かすでない、ブラシが頭に当たって痛いであろう」


「ん~……ごめん~……、ん!? っ!!」


 されるがままに呆然としていた香奈の瞳が、不意に大きく見開かれた。

 そして、その丸い瞳を九尾の方へと向ける。


「ボクとしたことが、昨日のことをキュウちゃんに話すの忘れてた!!」


「やっと目が覚めたか、我が巫女よ。して、首尾はどうであった?」


 そう問いかけながら、終わったぞ、と声をかけて畳の上へと腰を下ろす。

 九尾の方へと体ごと向き直った香奈が、むぅ、と頬を膨らませた。


「ボク、もうちょっとで逮捕されるところだったんだよ!? キュウちゃんのせいなんだから!!」


 不服そうな顔をした香奈に対して、九尾が驚きと共に鋭い視線を向ける。


「……なぜ、そうなった? 詳しく話せ」


 どうやら昨日の出来事は、神である九尾にも予測出来なかった事態らしい。


「侵入したら、ブザーが鳴って、シキシキに怒られた。謝って、頼んだら、一緒にダンジョンに入れてくれるって~。良いでしょー」


「……ふむ」


「でね、でね。ボク、冒険者になる!!」


 ぐっ、と親指を立てた香奈がない胸を張る。

 要領は得ないが、どうやら面倒なことを頑張ってきた、と言うことだけは伝わった。


 肩をすくめてため息を吐き出した九尾が、かわいそうな子を見るような目を香奈に向ける。


「我のためを思っての行動は嬉しいが、我は淡路兄妹に依頼せよ、と言ったはずだぞ」


「……あれ? そうだっけ?? にゃはは」


 笑ってごまかしておけ、とばかりに、九尾から視線を外した香奈が、鳴りもしない口笛をふひゅー、ふひゅー、と真似る。


 そんな香奈から視線を外した九尾が、布団に向けて盛大なため息をついた。


「神託を忘れるとは、さすがは我が巫女だな……」


 嘆かわしいことだ、と尻尾を丸めて畳の上にうずくまった。そして首だけを持ち上げて哀れみの視線を投げかける。


「ところで、我が巫女よ」


「ん? どうしたの??」


「学校へは行かなくて良いのか??」


「え??」


 促されるままに柱に掛かる時計を見れば、すでに時刻は八時半を過ぎていた。

 くりくりの目を大きく見開いた香奈の顔に、焦りの色が浮かんでくる。


「にゃ!! やばい、遅刻かも!! キュウちゃん、靴下とって!!」


「任されよう。教科書の類いはすでに鞄の中に入れてある」


「ありがとー。さすがキュウちゃん!!」


 感謝の言葉を口にしながらパジャマを脱ぎ捨てた香奈が、急ぎ足で制服に袖を通していく。

 

 脱ぎ捨てられたパジャマを2本の尻尾でたたみながら、別の尻尾の先に作り出した食パンを香奈へと差し出した。


「神力で出したゆえ、これでも食べながら行け。曲がり角でイケメンにぶつかるでないぞ?」


「ありがとー。……行ってきまーふっ」


 パンを咥えた香奈が、大急ぎで家を飛び出していった。


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