3-1話 侵入者
淡路家に突如として、恐怖心をあおるサイレンの音が鳴り響いた。
「……は??」
一瞬の戸惑いの後に、ダンジョンの入り口に設置したセンサーの存在が頭をよぎる。
稼働を始めたのは、柚希が一緒にダンジョンに潜るようになった当初のこと。
それからかなりの時間が経過しているが、異常を感知したのは今回が初めてだった。
(モンスターがダンジョンから出てきた!?)
そんな思いが脳内をよぎるものの、大量のモンスターを倒した直後である。
柚希にバレた時のように、入り口に蓋をしていたのならまだしも、現状においてはモンスターの反乱はないと思えた。
(だとすると、何が??
……泥棒!? ……いや、泥棒ならダンジョンには近付かないよな?)
誤作動や聞き間違いなど、いろいろと思案するものの、しっくりくるような答えは出そうもなかった。
「とりあえずは、見に行くしかないか……」
「あぁ」
鋼鉄と視線を合わせてうなずき、壁に立てかけてあった鉄パイプを握って立ち上がる。
赤い岩鳥との戦闘で折れ曲がり、ベコベコになっているものの、何もないよりはマシだろう。
出来るだけ音が出ないように慎重に廊下を進み、美雪の部屋のドアに耳を当てて様子をうかがえば、中からは、電子音に紛れて、人の声が聞こえる気がした。
「にゃぁー……、とま……、にゅ…………」
(マジで泥棒か!?)
心にひやりとしたものを感じながらも、ふ―、と静かに息を吐き出して気持ちを奮い立たせた史記が、ドアノブに手を伸ばす。
首をかしげて片目をつむり、うっすらとのぞいた先に見えたのは、鳴り止まないサイレンにわたわたしている少女の姿。
「止まんない、え? え? え?? どうするのこれ??」
高校の制服に包まれた細く小さな体。
彼女がわたわたと手を振るたびに、後頭部に結われたポニーテールがふさふさと揺れていた。
毎日妹を教室まで迎えに行く史記にとっては、なじみのある後ろ姿である。
「…………星城さん????」
「にゃふっ!!」
星城香奈。
美雪と同じクラスに所属する少女であり、ルメを仲間にしたお守りを作った神社の1人娘である。
「こんなところでなにしてんの??」
「…………」
ギギギ、と音がしそうなほどゆっくりと振り返った香奈が、入り口に立った史記の顔を見て、その表情を曇らせた。
「…………にゃははー、みつかっちった」
テヘ、と言いたげな表情で頭をかいた香奈が、観念したかのように両手を挙げて腰を落とす。
肩にかかっていた鞄が、ポフ、と床に落ちた。
(えーっと?? モンスターの姿はないし、居るのも星城さんが1人。
…………うん。とりあえず、スイッチ消すか)
突然現れた知り合いの存在に首を傾げながらも、鳴り続けるセンサーへと近付いた史記が、本体をひっくり返してスイッチをオフにする。
「うにゃー、そこにあったのかー」
淡路家に静寂が戻り、悔しそうな表情を見せた香奈が肩をすくめた。
そうこうしていると、部屋の入り口が騒がしくなり、部屋のあるじである美雪が、ひょっこりと顔を出す。
「んゅ? カナカナ??」
「やっほー。カナカナだよー。
ユキユキにまで見つかっちゃったかー、にゃははー」
目を丸くする美雪に対して、床にぺったりと座った香奈が苦笑を浮かべた。
そんな香奈に対して、史記が1歩だけ前へとあゆみ寄る。
「あー、えっと、……うん。とりあえず、話、しますか」
「はーい。キリキリ喋りまーす」
そういうことになった。
香奈を囲むようにして全員が腰を下ろし、史記がゆっくりと口を開く。
「それで? 星城香奈さんであってるよね??」
「うん。星城香奈だよー。ボクのこともみんなみたいに名前で呼んでー」
「…………」
不法侵入の容疑者にも関わらず、場に似合わないテンションで香奈が言葉を紡ぐ。
見た目通りの天真爛漫な雰囲気に少しだけ圧倒された史記が、少しの沈黙の後に、再び口を開いた。
「……あー、……香奈は、なぜここに??」
「ズバリ答えましょう。神様のお導き!!」
史記の目をまっすぐ見返した香奈が、自信満々の表情を顔に浮かべて、薄い胸を張る。
「……柚希。警察に電話して貰えるか??」
「にゃ!?」
残念な子を見るような視線を香奈から外した史記が、真面目な顔で柚希に指示を出した。
そんな史記の視線を受け止めた柚希が、苦笑を顔に浮かべながら肩をすくめる。
「気持ちはわからなくもないけど、さすがに同級生を通報するのは気乗りしないかな……」
「まぁ、そうだよな。自分で電話するわぁ」
「にゃにゃにゃ!?」
ポケットから携帯を取り出した史記が、何食わぬ顔で画面を操作していく。
その指使いに迷いはない。本当に電話する予定なのだろう。
さすがに警察はヤバいと思ったのか、目尻に涙をためた香奈が、史記の袖口をつかんだ。
「ちょっと、ちょっと待ってー。嘘じゃないの。
不法侵入は謝るからさ。ちょっとだけお話させて、ね。お願い、お兄さん」
「……まぁ、聞くだけ、な」
乙女の涙にやられたのか、始めから通報する気はなかったのか、どちらかはハッキリしないものの、少しだけ疲れた表情を見せた史記が、手に持った携帯をポケットへとしまう。
そんな史記の行動に、ほっ、と安堵の息を吐き出した香奈が、ゆっくりと言葉をつむいだ。
「えっとね。うちの家が神社なのは知ってるでしょ?
こう見えても、うちは巫女なの。なので、神様とお話出来たりするのだ!!」
ババーン、と自分の口で効果音をつけた香奈が、再びない胸を張った。
「……美雪。警察に電話」
「らじゃー」
「まって、ね、お願いだから。ゆきゆきも携帯しまって。最後まで聞いてー」
携帯を操作する美雪に抱き付き、香奈が懇願の声を上げる。
「お兄ちゃん。どうするの?? かなかな、泣いてるよ??」
「……はぁ。まぁ、いいや。とりあえず、聞くだけ聞いてやるか」
「ありがと―。それでね……」
紆余曲折ありながらも最後まで続けられたファンタジーなお話を要約すると、御神体としてまつる九尾の狐に、ダンジョン産のいなり寿司が食べたいとお願いされたらしい。
その産地として、淡路家のダンジョンが指名されたそうだ。
巫女として神のお願いを叶えたい香奈だが、冒険者の免許はない。
史記達が冒険者になったと風の噂で知り、史記達にクエストを依頼しようかな、と考えたが、出来ることなら自分の手で採取しいと思ったらしい。
そうして散々悩んだ結果、香奈が出した結論は、
『こっそり忍び込んで、いなり寿司をゲットして、何食わぬ顔で帰宅しよう』
そういう計画だったのだと言う。
「……で、入り口でセンサーに触れて、失敗したと」
「うん。防犯ブザーが鳴るなんて思ってもみなかったよ、にゃははー」
行き当たりばったりの計画で、話の内容もファンタジー過ぎる。
香奈の人柄も相まって、とてもじゃないが、信じられる話ではなかった。
だが、彼女の家で売られていたお守りの御利益を目の当たりにしており、その際にも『九尾様のお使い様』という言葉を聞いている。
その点を踏まえると、香奈の言葉も全くの嘘とは言い切れなかった。
「……柚希。どう思う??」
「んー、嘘か本当かはわからないけど、星城さんの家のお守りに助けられたことは事実だから、協力してあげてもいいと思うよ?
美雪ちゃんは? 星城さんがこの部屋に出入りしてもいい??」
「んー、いいよ。カナカナだし」
どうやら女性2人に異論はないようだ。
鋼鉄とペールの方へと視線を送れば、2人ともうなずくだけで、こちらも異存はない。
「後は、人数制限か……。まぁ、全員が集まれる日って今までもそんな多くなかったし、最悪、代わる代わるで入ればいいか……」
消極的ながらも賛同するような発言をした史記の言葉を聞き、香奈が瞳を輝かせた。
「おぉ?? ってことは、ボクも一緒に行って良いってこと!?」
「あー、うん、まぁ、そうなるな。
って言っても、いなり寿司を発見したことないから、どこにあるかわかんねーし。下層にあるなら一緒に頑張って貰うことになるぞ?」
「任しといて、体力と運動神経には自信あるよ」
「なら、決まりだな」
「うん。よろしくね、お兄さん」
そういうことになった。