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2-51話 戦いの果てに

 それから数時間後。


 無事、結界を張り直したルメと別れた史記達は、岩のない平坦な道を進み、何事もなく淡路家へと帰宅していた。


「ふひぃーー、つかりたー」


 蛍光灯の明かりが降り注ぐリビングの床に寝転んだ美雪が、両方の手足を大きく投げ出して、感嘆の声をあげる。


 ダンジョンの2階に閉じ込められること5日間。


 不安や焦りのような感情は比較的少なく、常に「なんとかなるよね」といった感じではあったのだが、いつの間にか、体と心にはしっかりとした疲れが貯まっていたようだ。


 無論それは、柚希や鋼鉄も同じこと。


 6人掛けのテーブルに座った彼女達もまた、心の底から湧き上がる安堵感に身を委ねて、ほっと息を吐き出していた。


「本当に疲れたよね。けど、みんなが無事で良かったかな」


 背もたれにとっぷりともたれかかった柚希が、儚げに微笑む。

 出来る限り危険から遠ざけようと考えて立案した計画が破綻し、結局は全員を危険な目にあわせてしまった。

 そんな思いが、彼女の表情を暗くさせていた。


(戦術の勉強しなきゃいけないよね。孫子とか、図書館に行けばあるかな?)


 そう強く決意した柚希が、胸に手を当てて大きく息を吸い込み、ふぅ、と小さく吐き出した。

 そんな彼女の右手首で、黄色い宝石を埋め込まれたブレスレットがジャラリと揺れる。


 それは、ルメ達との約束通りに防衛を成功させたお礼として、古くなった結界発生装置を譲って貰った物。


 <鑑定の眼鏡>曰く、敵から姿を見えなくし、不意な攻撃も結界で防いでくれる。さらには、侵入者の人数にもカウントされなくなる代物なのだとか。

 ただし、武器を装備することも出来なくなるらしいので、装備者は柚希が適任だろうと言うことで、彼女が所有することになっていた。


 つまり、今後も5人でのダンジョン攻略が可能となり、柚希は司令塔としての仕事に専念出来るようになったのだ。


(鋼鉄君も修行するみたいだし、私も頑張らなきゃね)


 ブレスレットを左手で包み込んだ柚希が、ぎゅっと目を閉じる。


 みんなの役に立つ。期待に応える。

 そんな思いが、柚希の中に渦巻いていた。


「大丈夫だよ? ゆずちゃんは頑張ってるもん」


 不意にかけられた声の先にあったのは、寝転がりながらこちらを見上げる美雪の無邪気な笑顔。


「狐さん達とお話して、みんなで壁を作って、みんなで撃退。

 全部、ゆずちゃんが作戦をたててくれたからだよ」


 そんな言葉を紡いだ美雪が、優しく笑う。


「應戸は自分の仕事を果たした。もっと、誇ると良い」


 鋼鉄の口からこぼれ出る重厚な声が、美雪の言葉に続いた。

 2人とも柚希を励まそうという意図はなく、純粋にそう思っているように見える。


 先ほども自分で言った通り、全員が無事だったのだ。

 自分のおかげなどとは到底思えないが、最良の結果なのは間違いない。


「……そうかもね」


 空飛ぶスライムの時よりは、役に立つことが出来た。次はもっと頑張れば良い。そう自分に言い聞かせた柚希が、静かに微笑みを返す。


 手助けをしてくれた狐も含めて、けが人は誰一人としていない。これからゆっくりと頑張れば良いだけなのだ。



 そうして、長旅の疲れを癒やしていた3人のもとに、鰹節の優しい香りが飛来する。

 その出所は、史記とペールの居る台所。


 そんな香りに遅れるようにして、大きなお盆の上に人数分の丼をのせた史記が姿を見せた。


「出来たぞー」


「あーい!!」


 待っていましたと言わんばかりに、寝転んでいた床から跳ね起きた美雪が、柚希の横へと座り直す。


 少しだけ陰りを残していた柚希の顔からも、自然と笑みがこぼれた。


「こっちも良い感じなのですよ」


 史記に続いて出てきたペールが、香ばしい香りが漂う大きな皿をテーブルの中央へとのせる。

 その上には、ほどよく焼かれた焼き鳥が、山のように盛られていた。


 醤油をあぶった香ばしい香りから視線をそらした美雪が、史記が運んできてくれた丼へと手を伸ばす。


「おーぷんっ」


 楽しそうな声とともに、丼の蓋をめくれば、鮮やかな黄色が目に飛び込んできた。


 鰹だしの香りがふわりと広がる丼の中には、ふわふわの半熟卵が敷き詰められており、卵の中からは、ほどよく煮えた鶏肉が顔をのぞかせていた。


 赤い岩鳥のもも肉とその卵を使った親子丼。

 皮付きの肉を表面がパリパリになるまで焼いた赤い岩鳥の焼き鳥。


 本日のディナーが美雪達の前に出そろった。


 ごくり、と喉を鳴らして箸に手を伸ばそうとする美雪をペールの手が遮る。

 

「まだなのですよ。これをのせて完成なのです」


 そんな言葉とともに、中央に並べられた焼き鳥を1本引き抜いたペールが、菜箸を器用に使って、串に刺さった鶏肉を親子丼の上にのせていく。


 そして、横から小さなボールを持った史記が近付き、色づけ程度の刻みネギを振りかけた。


「おぉーー」


 丼の中を見つめた美雪の目がキラキラと輝く。

 そして、その瞳を史記の方へと向けた。


「お兄ちゃん!! 食べていい?? いいよね!?」


「ん? あぁ、もちろん。

 お好みで七味とゆず胡椒もあるから、言えよ?」


「はーい。いただきまーす」


 背筋を伸ばして箸を持った美雪が、箸先をふわふわな卵へと差し込む。

 出汁のかかったつやつやご飯と、卵に閉じ込められた肉、焼き串から外された肉を一緒に箸の上にのせると、大きな口をあけて一気に放り込んだ。


「あーむ。……んふぅーー!!」


 幸せそうな声とともに、美雪の顔がほころぶ。

 

 ふわふわの卵が口あたりを丸くし、ふわりと香る鰹だしが鼻を通り抜ける。

 噛みしめるまでもなくあふれ出した肉のうまみが、ふっくらとしたご飯と絡み合った。


 だし汁で煮られた鶏肉は、舌先で触れればほろほろとこぼれ、串で焼かれた鶏肉は、しっかりとした歯ごたえとともに、閉じ込められた肉汁を放出する。


 タマネギの代わりに入れられた油キノコが、コリコリとした歯触りを楽しませた。


 そうして、赤い岩鳥の親子丼に舌鼓をうつ美雪を横目に、箸へと手を伸ばした柚希が、髪を掻き上げながら、ふぅふぅ、と箸の上で冷ました後で、口の中へと入れる。


 もにゅもにゅ、ゴックン、と飲み込んでから出てきたのは、賞賛の声。


「……ずっごい濃厚な味。さすがはダンジョン産、ってところかな?」


 丼を片手に持ったまま史記の方へと視線を向けた柚希が、うれしそうに微笑んだ。

 そんな柚希の隣に座ったペールが、山のように盛られた焼き鳥へと手を伸ばす。


「ペールが焼いた焼き鳥もおいしいのですよ。ご賞味くださいなのです。

 黄身をつけるとさらにうまうまなのですよ」


 満開の笑顔とともに、柚希へと串を刺しだした。


「うん。ありがとね」


 得意げな顔をするペールに微笑みを返しながら、綺麗な焼き色が付いた岩鳥の肉に口をつける。


 濃厚な黄身が舌の上を踊り、香ばしい醤油の香りが通り抜けた後で、濃厚なうまみと混ざり合う。

 表面はパリパリで、中はしっとり。


 うまくない理由が見当たらなかった。


「すごいね、これ。普通の鶏肉とじゃ、比べものにならない。ゆきちゃんも食べてみる?」


「んふぅ。……ぷはぁ。食べるー」


 柚希の微笑みとともに差し出される焼き鳥を受け取った美雪が、口を汚しながらかぶりついた。


「んぅふぅ!!」


 黄身、醤油、ゆず胡椒、塩、と様々な味を試していった美雪の顔には、どこまでも幸せな笑顔があふれていた。


 そうして誰しもが極上の鶏肉料理に舌鼓をうつ中で、ペールがテーブルの端に置かれた1枚の小さな皿を指す。

 その上に乗っているのは、透き通るような赤い石だけ。


「魔石は、誰も食べないのです??」


 そんな言葉を放つペールの顔に浮かぶのは、純粋な疑問の色。

 不意に、人間達の動きが止まった。


 お互いに顔を見合わせ、ペールの疑問を頭の中で繰り替えす。


『魔石は食べないのか?』


 指さす先にあるのは、透明な赤い石。どう見ても硬い赤い石。

 赤い岩鳥の体内にあったそれをペールが取り出して、水洗いした後に、お皿の上へとのせた物である。


「いや、どう見ても食えねぇし……」


 一応、全員の顔を見るものの、人間が食べられるような物ではない。

 さすがの美雪も、石を口に入れる勇気はないようだ。


「そうなのですか? なら、ペールがいただくのです」


 あめ玉を貰った小学生のような笑顔を見せたペールが、素早い動きで皿の上に乗った魔石へと手を伸ばす。


 困惑する人間達を余所に、あーむ、と大きな口を開けて赤い魔石を口いっぱいに頬張ったペールが、ガリガリゴリゴリと、心地良いそしゃく音を周囲に響かせた。


「んふふぅぅ」


 漏れ出た歓喜の声と、満開の笑顔。


「おいしいのです。力がみなぎってくる幸せの味がするですよ」


 人間達の視線を一身に浴びたペールが、そんな言葉とともに、腰に刺さった2本のナイフをポンポンとなでた。


 ガリガリ、ボリボリ、と石を食べる美少女。

 なかなかお目にかかることが出来ないその光景に言葉をなくした人間達が、困惑の視線を浮かべて言葉をなくす。


 そんな中、美雪がコテンと首をかしげながら、ペールに向けて口を開いた。


「……ペールちゃん。……あの石、どんな味がするの??」


 そして出てきたのは、そんな言葉。


「燃えさかるような感じなのですよ。おなかの中から、ぎゅわぁー、と幸せがあふれてくる味なのです」


 燃えさかる。ぎゅわぁー。

 意味は理解出来ないものの、今食べたケーキの感想を口にする小学生のような表情をしたペールを見る限りは、本当においしかったようだ。


「……食べたかった、かも?」


「わかったのです。次は美雪様にあげるのですよ」


「う、うん。ありがと?」


 おいしいなら食べたいような、でも石だよね? そんな感じの表情を浮かべた美雪が、ペールの言葉にうなずいた。


 ペールの口から漏れ聞こえてきた音を聞く限り、食べられる気はしないが、とりあえずは食べてみたいらしい。


「……うん、まぁ、おいしかったのならいいや。

 ペール、そこにあるゆず胡椒取ってくれるか?」


「はいなのです」


 とりあえず、手元に石はもうない。

 いちど棚上げすることを決意した史記が、再びおいしい食事へと手を伸ばすのだった。



 そうして和気藹々とした食事が進み、皿の上に盛られた肉の山が消え、使用済みの串の数が増えていく。


「らすとー」


 そして、最後の1本が美雪のおなかの中へと消えていき、空間を支配するような満足感と使用済みの串だけが残された。


「ふぃー。おなかいっぱい。しあわへー」


「そうだねー。だけど、ちょっとだけ食べ過ぎちゃったかな……」


 とろんとした目を浮かべた美雪が満足そうにおなかをさすり、柚希が少しだけ恥ずかしそうな表情を見せる。

 

「空飛ぶスライムの時も思ったけど、手強いモンスターの肉ってのは異様にうまくないか?

 頑張ったご褒美、って感じか?」


「何にせよ。うまかった」


「だな」


 史記や鋼鉄もまた、満足そうに笑い合っていた。


 そうして誰しもが幸せに浸る中、


 ビー、ビー、ビー、ビー。


 不意に、緊急を知らせるアラームが鳴り響いた。


これにて2章が終了です。

皆様のおかげで書くことが出来ました。


3章は少しだけ時間を頂いた後に投稿する予定です。

よろしくお願いします。


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本当にありがとうございます。


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